1はじめに
2014年11月5日、日本初となるヘルスケア施設特化型のリートとして日本ヘルスケア投資法人が上場しました。制度面だけでなく、幅広い投資家が実際に投資できる環境が整ったという点で、2014年はヘルスケアリート元年となったと言えます。第1回でも触れたように、少子高齢化が進む中、ヘルスケアリートはヘルスケア施設の供給促進の1つの手法として成長が期待されています。
海外では、米国、カナダ、シンガポール、マレーシア、英国等でヘルスケアリートが上場していますが、その中でも、米国の市場規模は2014年12月末時点で9,574万ドル(約11.4兆円)と世界の9割以上を占めています。「ヘルスケアリート入門」第3回は、ヘルスケアリート市場最大規模を有する米国のヘルスケアリートについて概観していきたいと思います。
2米国のヘルスケアリートの成長過程
米国では、1960年にリート制度が誕生していますが、ヘルスケアリートが初めて上場したのは1990年代に入ってからとそれ程歴史は長くありません。しかし、2000年に入って急成長し、米国リートに占める割合は10%を超え、小売、産業・オフィス、住宅に次ぐ4番目に大きなセクターとなっています(図表1・2)。上場銘柄数については、ヘルスケアリート同士の合併やオペレータの買収などにより大型化が進み、時価総額に比べて増加はしていませんが、2014年11月にNew Senior Investment Groupが上場し、16銘柄となっています(図表3)。ヘルスケアリート16銘柄のうち、上位3銘柄(Healthcare REIT、HCP、Ventas Inc)で時価総額の約7割を占めており、最大規模のHealthcare REITは、2006年にヘルスケアリートのWindrose Medical Properties Trust、2013年にオペレータのSunrise Senior Livingを買収するなどリート市場全体で見ても上位6位に入る市場規模にまで成長しています(図表4)。
米国リートには、Jリートのように、不動産に投資をするエクイティリートと不動産向けローンに投資するモーゲージリートが存在しますが、今回採り上げるデータ等はエクイティリートに対象を絞っています。
米国においてヘルスケアリートが発展した背景の一つには、ベビーブーマー世代の退職に伴いシニア住宅の需要が拡大している点が指摘されています。米国の高齢化率は先進国の中では低くなっていますが、1946年から1964年に生まれたベビーブーマー世代が2011年に初めて65歳を向かえ、今後は高齢者人口の数・割合共に増加することが見込まれています。
また、米国のヘルスケアリートがシニア住宅から得られる収益は、従来はオペレータに不動産を賃貸して得られる賃料に限られていましたが、2008年にREIT投資多様化強化法(RIDEA法)が施行され、ヘルスケアリートが運営リスクを取ることができるようになった点も、シニア住宅への投資を後押ししたと言われています。米国のヘルスケアリートは、運営コストを負担する一方、子会社等を通じてシニア住宅の利用者に一定のサービスを提供し、運営利益の一部を享受することができるのが特徴です。
さらに、米国ではヘルスケア施設のオペレータ業が確立している点も市場拡大に大きく寄与しています。第1回でご説明したとおり、ヘルスケア施設の収益はオペレータの運用巧拙に左右される面がありますが、Brookdale Senior LivingやVanguard Health Systemsを始め、大型のオペレータ企業が多数存在するとともに、シニア住宅の保有・運営、ヘルスケア事業全般の運営や病院の運営などその事業内容も多岐にわたっています。米国のヘルスケアリート各社は、特定のオペレータに過度に依存することなく、事業者の特徴を踏まえて委託先を選定することが可能となっています。
3米国のヘルスケアリートの主な特徴
(1)シニア住宅、高度看護施設、医療用ビルが主な対象資産
米国ヘルスケアリートの投資対象資産の内訳を金額ベースで見てみると、シニア住宅約46%、高度看護施設約21%、医療用ビル約21%、病院約6%、ライフサイエンス約5%となっています。(2014年9月末時点 )
運用資産総額の半分弱を占めているシニア住宅には比較的自立性の高い高齢者向けの賃貸住宅(Independent Living、自立型シニア住宅)と軽度の介護を要する高齢者向け賃貸住宅(Assisted Living、支援型シニア住宅)が含まれます。
次に投資割合の多い高度看護施設(Skilled Nursing Facilities)は、看護士が常駐し、重度の介護を要する高齢者向けに24時間体制の看護サービスを提供する施設で、リハビリテーションなどの短期治療と長期介護の双方のサービスが含まれています。米国の医療費は高く、保険日数も限られているため、平均入院日数は日本に比べて圧倒的に少なくなっています。病院を退院した後は高度看護施設を利用するケースも少なくありません。
また、近年では、自立型シニア住宅、支援型シニア住宅、高度看護施設を同じ敷地内に集約した終身介護コミュニティ(CCRC)に投資するヘルスケアリートも存在します。CCRCでは、居住者が移転や更なるコスト負担をすることなく暮らし続けることができる施設となっています。
米国のヘルスケアリートの投資対象は、シニア住宅・高度看護施設で半分以上を占めていますが、医療用ビル(日本の医療モールに似た施設)や病院への投資も見られます。医療用ビルは、多くのリートが運用資産の一部として一定程度組み入れていますが、病院への投資比率はさほど高くありません。但し、急患治療やリハビリを目的とした病院などを中心に、運用資産の9割以上を病院に投資するMedical Properties Trustのような病院専用リートやシニア住宅等には投資せず、病院と医療用ビルに焦点をあてたリートも存在しています。
(2)パフォーマンスはその他セクターを上回る
ヘルスケアリートの収益性を見てみると、2000年以降他のセクターと比べても堅調に推移していることがわかります。図表5は、1999年を100とした時のトータルリターン(年率)指数を示していますが、2014年にかけて上昇しており、他のセクターを上回っています。配当利回り(年率)と比較しても、キャピタルゲインの大きさが見てとれると思います。配当利回りに関しては、リーマンショック以降5~6%の水準で推移しており、他のセクターよりもリスクプレミアムが要求されていることがわかります(図表6)。
4日本のヘルスケアリートへの示唆
日本では、現在上場している日本ヘルスケア投資法人のほか、三井住友銀行等が出資するヘルスケアアセットマネジメント(株)や新生銀行等が設立したジャパン・シニアリビング・パートナーズ(株)がヘルスケアリートの上場を目指していると言われています。更なる市場拡大に向け、米国のヘルスケアリート市場の発展から見られる日本への示唆について見ていきましょう。
(1)ヘルスケア施設の多様化
第一に、ヘルスケアリートの市場拡大には、ヘルスケア施設の多様化が背景にある点です。日本ヘルスケア投資法人は、14の有料老人ホームを投資対象としています。また、他のJリートでもヘルスケア施設への投資を行っていますが、投資対象は有料老人ホームが主流となっています。有料老人ホームは、高齢化が進行する中で全般的に需要の成長が期待できるものの、1施設あたりの平均投資額は比較的小さいのが特徴となっています。資産規模の拡大やリスク分散の観点からも投資対象施設の多様化を図っていく必要があると言えるのではないでしょうか。
なお、日本ヘルスケア投資法人は、運用資産総額の40%まで医療施設を組入れできるとした投資方針を掲げています。医療施設の所有者から見ると、ヘルスケアリートの活用は資金調達手段の一つとなりますが、高齢者向け住宅とは異なる特徴を有するため、現在、国土交通省を主導に「病院等を対象とするヘルスケアリートの活用に係るガイドライン検討委員会」が設置されており、今後の議論が注目されます。
(2)オペレータ産業の成長
ヘルスケアリートの市場規模が拡大するためには、オペレータ事業の成長も欠かせません。米国では、ヘルスケアリートの登場により、ヘルスケア施設の長期安定的な供給が可能となり、オペレータとしての経営が安定し、競争力向上に向けた資本の投下をできる環境が整ったため、現在では10,000室以上の施設を保有するオペレータが10社を超えるまでに成長しています。
日本ではオペレータの新規参入が相次いでいますが、1〜2施設を保有・運営する中小規模のオペレータも少なくありません。このような背景もあり、日本ヘルスケア投資法人では、有料老人ホームの運営委託先であるオペレータを7社に分散させており、不測の事態が生じた場合には他のオペレータへの運営引き継ぎを協議できるように、運営のバックアップに関する協定を締結するなどの対策を採っています。今後、オペレータがヘルスケアリートを活用した資金の調達を行い、さらなる事業強化を行うサイクルが生まれれば、ヘルスケアリートの市場規模が拡大することにも期待できるでしょう。


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