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第6回 株式会社三井住友トラスト基礎研究所私募投資顧問部 主任研究員 菊地 暁 ESGの取組意識が高いJ-REIT、次はTCFD対応が投資判断のポイントに

GRESB参加率に見るJ-REITのESGに関する取組意識の高さ

小林 英樹氏フォト

株式会社
三井住友トラスト基礎研究所
私募投資顧問部
主任研究員

菊地 暁

2006年に国連が「PRI(責任投資原則)」を提唱して以来、E(環境・Environment)、S(社会・Social)、G(ガバナンス・Governance) の要素を投資判断に組み込む動きが活発化しています。PRIの署名数は年々増加し、2021年6月現在で4,074社となっています。このような流れの中、世界最大の年金基金である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)や企業年金連合会がPRIに署名、さらに2017年7月にGPIFがESG指数に連動した日本株の運用を開始したことなどを契機として、日本でもESG投資についての関心が高まりました。

J-REITは、中長期的な資産運用を行う観点から環境不動産に対する意識が高く、早い段階から運用資産の省エネ化やGHG(温室効果ガス)排出量削減に取り組んできました。投資家のESG意識が高まりつつある昨今、J-REITのESGへの取組は加速的に進み、環境不動産市場形成のトップランナーとして投資家から高く評価されています。

J-REITのESGに関する取組意識の高さを示す客観的なデータとして、例えばGRESBへの参加率があげられます。GRESBとは、不動産会社・ファンドの環境・社会・ガバナンス(ESG)配慮を測る年次のベンチマーク評価及びそれを運営する組織の名称です。投資先の選定や投資先との対話にGRESBデータを活用する「投資家メンバー」は120機関以上に上り、日本からは、株式会社日本政策投資銀行(DBJ)、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)など複数が参加しています。J-REITは2012年には時価総額ベースで20%に満たない参加率であったのに対し、2020年は92.0%に達しました(図表1)。

●図表1:J-REITにおけるGRESB参加者数の推移

J-REITにおけるGRESB参加者数の推移

注)参加率は時価総額ベース、参加者数は発表当時のもの
出所)公表資料をもとに三井住友トラスト基礎研究所作成

また、J-REITはサステナビリティ方針の策定、サステナビリティ推進体制の整備および具体的な取組についての水準が高く、ESGの取組水準の高さを示すGRESBリアルエステイト評価の総合スコアにおいて日本全体平均のスコアを上回ります(図表2)。これは、J-REITの各運用会社が、他の運用会社の取組をケーススタディとしてGRESB参加当初からサステナビリティに関する方針・体制の整備、ホームページ等を媒体としたESG取組の情報開示等に取り組むなど、非常に短い期間でキャッチアップした結果と推察されます。事実、J-REITではここ数年でESG情報の開示が著しく増えています。ベストプラクティスが運用会社間で共有され、取組の底上げに寄与していると考えられます。

●図表2:2020年GRESB リアルエステイト評価結果 総合スコア分布

2020年GRESB  リアルエステイト評価結果 総合スコア分布

注)マネジメント・コンポーネント:不動産会社・ファンドのESGに関する体制・方針に関する質問群のスコア
パフォーマンス・コンポーネント:保有不動産ポートフォリオにおけるESGの取組・実績に関する質問群のスコア
右上にあるほど、評価が高い。グローバル平均<日本全体平均<J-REIT平均と、J-REITの評価が相対的に高いことがわかる。
出所)CSRデザイン環境投資顧問㈱作成資料

J-REITのGRESB参加者の裾野が広がる

では、GRESBへの参加者属性の変化を通じて、J-REITにおけるESGの取組意識の高まりを見ていきましょう。J-REITを対象としてGRESBの参加者属性を設立順・時価総額順でそれぞれを6区分し、参加率を比較してみました(図表3)。これをみると、概ね2013年までに設立した投資法人(図表の40番まで)では平均95%と高い参加率を示しています。一方、2018年評価結果では参加者数が限定的であった「設立時期が比較的新しい投資法人」(41番以降)についても、2020年評価結果では参加者の拡大が確認されました。現在、合計22兆米ドルの運用資産を持つ120機関以上の投資家メンバーが、投資先の選定や投資先との対話にGRESBデータを活用しています。不動産投資市場では、投資家と運用会社を繋ぐコミュニケーションツールとしてGRESBが共通言語となり、投資家との対話の中でGRESBへの参加が必要となったことが、参加者拡大に繋がった要因のひとつであると考えられます。

●図表3:J-REIT GRESB参加率の比較(設立順)

J-REIT GRESB参加率の比較(設立順)

●図表4:J-REIT GRESB参加率の比較(時価総額順)

J-REIT GRESB参加率の比較(時価総額順)

注)時価総額順位は各年発表直後となる時点(2018年9月・2020年11月)
2018年評価結果は、2017年12月末時点で設立されている60社を対象として集計
出所)公表資料をもとに三井住友トラスト基礎研究所作成

時価総額順の参加率をみると、2018年評価結果では、41位以降は1社のみの参加でしたが、2020年評価結果の41位以降では参加者が8社にまで拡大しました。時価総額が大きい銘柄は、多様な投資家とのエンゲージメントに対応する必要性が生じ、この中には、ESGの取組状況を考慮して、投資先を選定する国内外の長期コア投資を志向する投資家などが多く含まれていると考えられます。これが、時価総額上位銘柄を中心にGRESBが活用されている一因でしょう。ただし2020年評価結果では時価総額に関わらずGRESB参加が一般的となりつつあることから、今後更なる裾野の拡大が見込まれます。

実際GRESBに参加していないJ-REIT各社にも、ESG意識の広がりをみることが出来ます。J-REIT各社のホームページや決算説明資料等には、実に多くのESGの具体的な取組の開示が見られます。不動産運用において、必ずしもESGに取り組むためにGRESBに参加する必要はありません。しかし、どのようにESGに取り組んでいけば良いか、GRESBの評価項目や評価結果が取組の方向性を示してくれていることは確かです。いわば大学受験における大学入学共通テストのように、客観的な指標としてGRESBがESG取組のデファクトスタンダードとなりつつあります。J-REIT各社がGRESBに参加することで具体的に何をすべきかを理解し、GRESBは参加者増加により業界内の認知度を高める、双方がWin-Winとなって業界全体のESG取組レベルを高めています。

投資主構成にみるGRESBへの参加動機

また、J-REIT各社がGRESBに参加しようとする大きな要因のひとつに、ESGへの真摯な取組みに関する国内外投資家へのアピールが挙げられます。特にESGに敏感な海外投資家が投資主構成の多くを占めている場合、投資家とのエンゲージメントにおいてESGへの取組姿勢が問われる可能性が高くなると考えられます。このような認識をもとに、先に示した時価総額別の順位を投資主構成で再集計してみました(図表5)。

1-10位までは「外国法人等」の割合が約35%を占め、金融機関、その他国内法人を含む法人の割合は9割超となっています。一方、時価総額が小さくなるほど「外国法人等」の割合が低くなり、51-62位では「個人等」の割合が3割強を占めています。多くの欧米の投資家は、ESGを中長期的なリスクファクターと捉えており、欧米の投資家において、ESG取組の水準は投資パフォーマンスにも影響を与えるとの認識が浸透しています。さらに、日本においても、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がESG指数に連動した日本株の運用を開始したことなどを契機として、ESG投資についての関心が非常に高まっており、今後国内外を問わず、ESGを志向する投資家が増えてくると考えられます。

●図表5:J-REIT 投資主構成の比較(時価総額順)

J-REIT 投資主構成の比較(時価総額順)

注)J-REIT各投資法人の決算データをもとに集計(2020年11月末時点)。
出所)J-REIT各社公表資料をもとに三井住友トラスト基礎研究所作成

グリーンボンド発行体は環境への取組が積極的となる

次に、J-REITの近年の特徴的な動きとしてサステナブルファイナンスと呼ばれるESGに特化した資金用途の資金調達手段をご紹介します。ここでは、その代表格であるグリーンボンドについてみていきましょう。日本におけるグリーンボンド発行高は年々加速的に伸びており、2020年は発行残高が初めて1兆円を超えました。これは、グリーンボンドがESGに配慮した資金調達手段として金融機関や事業法人等に選好されつつあることに加え、環境省によるグリーンボンド発行のための制度設計や環境整備の成果といえます。また、グリーンボンド発行では、グリーンボンドの補助事業に基づく補助金制度があります。これにより、グリーンボンド発行時に追加的に発生する外部費用(外部レビューの付与に要するコスト、コンサルティング費用等)が補助対象となり、発行体の負担の軽減に繋がっています。

グリーンボンド発行体は、2010年代半ばまで一部の金融機関や再エネSPC(私募ファンドにおける資産保有・資金調達ビークル)に限られていましたが、2017年頃から業態の多様化が見られるようになりました。J-REITでは、2018年の日本リテールファンド投資法人(現:日本都市ファンド投資法人)を皮切りに、次々に投資法人がグリーンボンドを発行しています。

グリーンボンド発行体は環境への取組に積極的です。それはなぜでしょうか。そのヒントは「グリーンボンド」と冠して発行するための要件にあります。まず、グリーンボンドは調達資金の使途がグリーンプロジェクトに限定されます。そのため、グリーンプロジェクトに適するグリーン適格資産を選定する必要があります。J-REITにおいてグリーン適格資産とは、一定レベル以上の環境認証を取得した物件等を指します。一定レベル以上の環境認証の取得には、環境性能スペックはもとより、テナントの快適性、BCP等様々なファクターを意識した運用が求められます。さらに、グリーンボンド発行体にはウェブサイト等を通じた投資家への「定期的なレポーティング」が課されています。このレポーティングには、相応の専門部署が業務を行うなどの社内体制の整備、電力消費量やCO2排出量等のモニタリングが必要となります。つまり、グリーンボンドの発行はESG(特に環境(E))取組の「応用編」であり、日々、環境を意識した不動産の運用を行っている実態を表すものとなります(図表6)。

●図表6:環境(E)における取組レベルの階層(イメージ)

環境(E)における取組レベルの階層(イメージ)

出所)三井住友トラスト基礎研究所

グリーンボンドが生み出す好循環

一般的に、グリーンボンドには、発行コストが嵩むことやグリーン・デフォルト(グリーンに関する約束を破ること)など、いくつか課題が指摘されています。しかし、J-REITでは、そのほとんどをクリアできると考えられます。

まず、発行コストについて考えてみましょう。グリーンボンド発行までのボトルネックとして、発行までの時間とコストが挙げられますが、コストについては環境省の補助金制度も有効であり、実際に複数のJ-REITが利用しています。また、初回こそ手間がかかると考えられますが、2回目以降はノウハウ蓄積による時間効率の改善が期待できます。さらには、多くのJ-REITがグリーンボンドを発行することによる業界全体でのノウハウ蓄積も期待されます。

次に、投資家側からみたグリーンボンドの欠点として指摘される「統一的な定義・基準の欠如」はどうでしょうか。この点については、J-REITでは特段問題にはならないと考えます。J-REITにおけるグリーンボンドの資金使途は多様化というより、むしろ定型化しつつあります。その使途は、主に「新規または既存の不動産物件のうち、一定の環境基準を満たすグリーン適格資産の取得資金、およびその取得に要した借入金の借り換え等」です。これはSDGsの目標7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」、目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」、目標11「住み続けられる まちづくりを」に繋がりますが、J-REIT発行のグリーンボンドの資金使途は、ほぼこれらSDGsをターゲットに収斂すると考えられます(図表7)。

●図表7:J-REIT発行のグリーンボンドの資金使途となる主なSDGsの目標

J-REIT発行のグリーンボンドの資金使途となる主なSDGsの目標

出所)公開資料

また、いわゆる「グリーン・デフォルト」問題についても、投資法人のコンプライアンスや、レピュテーションに係るリスクマネジメントの観点から発生の可能性は低いと考えます。

むしろ、グリーンボンドに対する投資家ニーズは高まりを見せており、発行による様々なメリットが考えられます。現在では、グリーンボンドに対して投資表明を行う投資家も多く、グリーンボンドの発行は、投資家層の多様化や、発行体の社会的支持の獲得に寄与する可能性が高いと考えられます。今後、グリーンボンドを発行する、そのためにまずグリーン適格資産を拡大させるという流れによって環境認証取得物件の優位性が高まり、かつSDGsに貢献する好循環がJ-REIT各社のなかで醸成されつつあると言えます。

これまでの環境への取組がTCFD対応力を強化する

ここまで、GRESBの参加動向や、グリーンボンド発行などの事象を通じてJ-REITのESG意識の高さを紹介してきました。最後にこれからのJ-REITの注目すべき動きとして、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)への対応を紹介します。TCFDとは、金融安定理事会(FSB)によって「気候関連のリスクと機会について情報開示を行う企業への支援」と「低炭素社会へのスムーズな移行によって金融市場の安定化を図る」ことを目的に設立されたタスクフォースです。

気候変動は、ここ数年の国際的なリスク上位に挙げられるほど我々にとって重要な問題です。足元では新型コロナウイルス感染症対策が喫緊に対応すべき課題となっていますが、長期的視点では、ゲリラ豪雨、巨大台風などの異常気象に代表される気候変動問題を、皆さんも身近に感じられることでしょう。

周知のとおり、異常気象の主な原因は地球温暖化と言われています。2015年12月の国連気候変動枠組条約第21回締結国会議(COP21)では、いわゆる「パリ協定」が採択され、産業革命前からの気温上昇を2℃以内に抑える「2℃目標」という公約が掲げられました。TCFDでは、気候変動が保有資産に与えるリスクの管理に用いられるGHG排出量等のデータ開示を求めています。多くのJ-REITでは、すでに環境不動産への取組が進み、保有物件の省エネルギー・GHG排出量削減等の各種データを計測し、モニタリングしています。また、先に述べたとおり、グリーンボンドの発行体は、環境への取組に積極的であり、今後のTCFD対応の戦略策定やリスク管理をスムーズに行うことが出来るでしょう。

さらにGRESBでは、これまで本体評価とは別に任意参加のモジュールとして、TCFDの開示推奨枠組みに即した「レジリエンスモジュール」を期限付きで実施していましたが、2021年からは本体評価に組み込むようになりました。つまり、GRESBで高い評価を得るためには、TCFD対応は避けて通れず、逆にGRESBに参加して高評価を目指すことは、必然的に気候変動問題を考え、行動する契機ともなります。このように、J-REITがこれまで実施してきた様々な環境不動産への取組が、TCFDの対応力向上にも役立っています。気候変動リスクの開示は投資判断材料となり、具体的な指標と目標の開示は、投資家の安心感を生むでしょう。これからは、J-REIT各社のESGへの取組意識に加え、TCFDにどのように向き合っているかが、投資判断をする上で重要なポイントになると考えられます。


菊地 暁氏プロフィール
(一財)日本不動産研究所を経て、2008年3月に(株)住信基礎研究所(現:(株)三井住友トラスト基礎研究所)に入社。2013年7月より私募投資顧問部に配属、不動産私募ファンドのデューデリジェンス・モニタリング業務に従事。これに並行して、2013~2015年には環境不動産普及促進検討委員会の事務局にて環境不動産関連情報の収集・整理、グリーンリース・ガイド作成までの一連の業務サポートに携わった。研究・専門分野はESG、TCFD、環境不動産など。2020~2021年 国土交通省 不動産分野におけるESG-TCFD実務者ワーキングメンバー。不動産鑑定士。

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