ESG特集

第11回 ISSB:Scope3開示義務化から次の流れへ ~「Scope4削減貢献量」開示が他社との差別化につながる~

ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)はTCFDが推奨する開示事項を具体的な開示基準として整理・統一し、2023年6月26日に「IFRS S1号:サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」および「IFRS S2号:気候関連開示」を発表した。今後、TCFD提言に代わってIFRS S1号およびS2号をベースに開示方法を統一する方向で進められている。IFRS S2号に従い、GHG排出量は計測範囲を定めたScope1・2・3の開示が段階的に求められることになるが、日本においても、いずれScope1・2に次いで自社以外の間接排出量を測定範囲とするScope3の開示が義務化されると考えられる。

そもそも、カーボンニュートラルの達成には、個々の事業者単位でのGHG排出量を管理するだけではなく、社会全体での排出量削減を捉える必要がある。Scope1・2・3とは別に、社会全体への削減貢献量を測定範囲とするScope4の開示が制度化されれば、企業は社会全体の排出削減への貢献を事業機会と捉え、脱炭素技術開発に積極的に取り組むことができ、また、投資家への開示を通じて社会貢献をアピールすることが出来る。Scope1・2・3開示義務化の規制遵守に留まらず、積極的にScope4を意識した取組・開示を行い、他社との差別化につなげていくことが重要である。

2024年は気候関連情報開示のターニングポイントとなる

小林 英樹氏フォト

株式会社
三井住友トラスト基礎研究所
私募投資顧問部
上席主任研究員

菊地 暁

投資家は、投資対象となる企業等を選別するに当たり、比較可能な信頼出来る非財務情報を必要としている。一方で、企業の非財務情報の開示を巡っては、TCFDやGRI などの団体が策定した基準が乱立したことで、企業評価を行う投資家と、対応する企業の双方にとって負担となっていた。こうした課題を解決するために、国際的な会計基準設定機関であるIFRS財団は2021年11月3日、投資家の情報ニーズを満たすサステナビリティ開示基準の包括的なグローバル・ベースラインを開発するためのISSB(国際サステナビリティ基準審議会)を発足させた。その後、TCFDが推奨する開示事項を具体的な開示基準として整理・統一し、2023年6月26日に「IFRS S1号:サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」および「IFRS S2号:気候関連開示」を発表した。今後、TCFD提言に代わってIFRS S1号およびS2号をベースに開示方法を統一する方向で進められている。

気候関連情報開示の動向について詳しくみると、すでにカーボンニュートラルは国際的合意となり、これを推進すべく、開示の規制強化・義務化の動きが見られる。2021年6月にはG7財務大臣・中央銀行総裁会議において、「TCFDの枠組に基づく義務的な気候関連財務開示へ、国内の規制枠組みに沿う形で向かうことを支持する。」との声明が発表された。その後グローバルではISSBが、欧州ではCSRD 、米国ではSEC による気候関連開示基準が次々と発行・検討されている(図表1)。日本では、2021年6月11日にコーポレートガバナンス・コードが改訂され、東京証券取引所プライム市場上場企業ではTCFD、またはそれと同等の国際的枠組みに基づく気候関連情報開示の質と量を充実させることとなった。さらに、金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」報告における提言を踏まえ、2023年1月31日、企業内容等の開示に関する内閣府令等の改正により、有価証券報告書等に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され(2023年4月以降から適用)、サステナビリティ情報の開示が詳細に求められることとなった。ISSBの基準適用は各国の判断に委ねられているものの、日本ではSSBJ がISSBによるS1基準とS2基準の確定基準に相当する、日本版S1基準とS2基準の公開草案を2023年度中に公表、2024年度中に確定させる目標を明らかにしており、2025年4月以降の早期適用が可能となる予定である。このような動きから、2024年は気候関連情報開示のターニングポイントとなる可能性が高い。

●図表1:気候関連情報開示義務化のスケジュール

対象 2021 2022 2023 2024 2025
ISSB 11月:ISSB設立
基基準原案公表
33月:IFRS S1、S2
公開草案公表
6月:IFRS S1、S2
最終案公表
1月:IFRS S1、S2適用  
日本 上場企業等 6月:コーポレート ガバナンスコード改訂   4月~:有報に サステナビリティ情報「記載欄」適用 3月:サステナビリティ開示基準公開草案公表 3月:サステナビリティ開示確定基準公表
4月~:IFRS
S1、S2適用
EU 従業員500人以上
の上場企業等
  11月:CSRD承認 7月:ESRS第1弾採択 1月:CSRD適用  
上記以外の大企業   6月:ESRS
第2弾採択予定
1月~:CSRD適用
アメリカ 大企業   3月:SEC気候変動
開示規則案発表
SEC気候変動開示
規則発表予定
   

注)ESRS(European Sustainability Reporting Standards:欧州サステナビリティ報告基準)
出所)環境省「気候関連財務情報開示を企業の経営戦略に活かすための勉強会」(2023.10.6)資料をもとに三井住友トラスト基礎研究所作成

Scope3開示義務化へ

2023年6月26日に発表されたISSB最終案「IFRS S2号:気候関連開示」により、GHG排出量は計測範囲を定めたScope1・2・3 の開示が求められることになる。適用初年度は緩和措置により自社以外の間接排出量を測定範囲とするScope3の開示が免除されるものの、早晩Scope3の開示義務化は避けて通れず、適用対象企業はScopeごとの開示に向けた準備を進める必要がある。Scope3を正確に把握するには上流・下流を含めたサプライチェーン排出量データが必要となるが、自社内だけでのデータでは算出し得ず、また評価対象範囲が広範にわたるため、企業には相応の負荷となると推測される。

日本においても、GHG排出量開示義務化の動きが見られる。「企業内容等の開示に関する内閣府令」改正後の有価証券報告書目次(主項目)の追加記載事項には「気候変動対応が重要である場合、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標及び目標」の枠で開示すべきであり、GHG排出量について、各企業の業態や経営環境等を踏まえた重要性の判断を前提としつつ、Scope1・2のGHG排出量については、積極的な開示を期待」と記載されている。現在、有価証券報告書目次(主項目)の追加記載事項ではScope3の開示までは求めていない。しかし、IFRS S2号に従い、GHG排出量は計測範囲を定めたScope1・2・3の開示が段階的に求められることになるが、日本においても、いずれScope1・2に次いで自社以外の間接排出量を測定範囲とするScope3の開示が義務化されると考えられる。

TCFD提言に沿った気候関連情報開示に関し、日本企業の開示状況はどうであろうか。これについては、株式会社日本取引所グループ実施調査(2022年10月末時点)が参考となる。JPX日経インデックス400構成銘柄を調査対象とした結果、「⑩-1 Scope1、2の排出量」は65%(261社)が、「⑩-2 Scope3の排出量」は48%(191社)が開示していた(図表2)。ISSBの公開草案ではScope1・2に留まらず、カテゴリーごとのScope3の開示まで求めている。今後、投資家が求める情報開示の充実を期待したい。

●図表2:TCFD提言が推奨する11項目の開示状況(全400社)

図表2:TCFD提言が推奨する11項目の開示状況(全400社)

注)調査対象:JPX日経インデックス400構成銘柄(2022年10月末時点)
出所)株式会社日本取引所グループ「TCFD提言に沿った情報開示の実態調査(2022年度)」(2023.1)をもとに三井住友トラスト基礎研究所作成

特に不動産業はScope3開示義務化が避けられない

TCFD附属書改訂版には、「すべての組織に対してScope3 GHG排出量の開示を強く奨励する」、「Scope3 GHG排出量を開示するかどうかを検討する際には、その排出量が自社のGHG総排出量のかなりの部分を占めているかどうかを考慮するべきである」と記載されている。不動産業はGHG排出量のうち、Scope3の割合が9割以上を占める とのデータがあり、Scope3開示義務化は避けられないだろう。Scope3はカテゴリー1から15に分類され、ディベロッパーの場合は上流から下流にかけて全てが、不動産運用会社の場合は、主にテナントに賃貸する資産のGHG排出量把握がその対象となる。(図表3)。

●図表3:Scope3のカテゴリー区分

区分 該当する排出活動(例)
上流 1 購入した製品・サービス 原材料の調達、パッケージングの外部委託、消耗品の調達
2 資本財 生産設備の増設(複数年にわたり建設・製造されている場合には、建設・製造が終了した最終年に計上)
3 Scope1,2に含まれない燃料及びエネルギー活動 調達している燃料の上流工程(採掘、精製等)、調達している電力の上流工程(発電に使用する燃料の採掘、精製等)
4 輸送、配送 調達物流、横持物流、出荷物流(自社が荷主)
5 事業から出る廃棄物 廃棄物(有価のものは除く)の自社以外での輸送、処理
6 出張 従業員の出張
7 雇用者の通勤 従業員の通勤
8 リース資産 自社が賃借しているリース資産の稼働
下流 9 輸送、配送 出荷輸送(自社が荷主の輸送以降)、倉庫での保管、小売店での販売
10 販売した製品の加工 事業者による中間製品の加工
11 販売した製品の使用 使用者による製品の使用
12 販売した製品の廃棄 使用者による製品の廃棄時の輸送、処理
13 リース資産 自社が賃貸事業者として所有し、他者に賃貸しているリース資産の稼働
14 フランチャイズ 自社が主宰するフランチャイズの加盟者のScope1,2 に該当する活動
15 投資 株式投資、債券投資、プロジェクトファイナンスなどの運用
その他(任意) 従業員や消費者の日常生活

出所)グリーン・バリューチェーンホームページ記載情報をもとに三井住友トラスト基礎研究所作成

なお、リース資産は上流(カテゴリー8:自社が賃借しているリース資産の稼働)および下流(カテゴリー13:自社が賃貸事業者として所有し、他者に賃貸しているリース資産の稼働)に分類されるが、カテゴリー8は算定・報告・公表制度においてScope1、2に計上するため、該当なしのケースが大半となる。そのため、不動産運用会社はカテゴリー13に限定して開示するケースが多い(図表3・4)。

●図表4:サプライチェーン排出量におけるScope1・2・3のイメージ(不動産業)

図表4:サプライチェーン排出量におけるScope1・2・3のイメージ(不動産業)

出所)環境省「サプライチェーン排出量算定の考え方」を参考に三井住友トラスト基礎研究所作成

GHG排出量開示とGRESBレーティングには相関がみられる

GHG排出量の開示義務化が進む中で、J-REITの開示状況はどうであろうか。J-REIT全銘柄におけるGHG排出量開示状況をみると、GHG排出量実績の開示率は全体で86.4%(2022年:82.0%)と非常に高い(図表5)。GRESB(2023)のレーティング別にScope3までの開示状況を確認すると、5Star、4Starは71.4%と高いものの、3Starで30%、それ以下では0%となっており、開示状況に差が見られる(図表5)。

GHG排出量の開示区分は、投資法人によってまちまちである。Scopeを示さずに総量のみのケース、Scope区分は行っているがScope1・2のみのケース、Scope1・2・3まで公表しているケースがある。5Star・4Starといった高レーティングの投資法人はScopeを区分しての開示に積極的である状況が窺える。

なお、Scope3のカテゴリー区分をみると、Scope3を開示している28銘柄のうち、カテゴリー13のみの開示は15銘柄、上流を含めた開示は4銘柄、カテゴリー非掲載が2銘柄であった。図表4で指摘したとおり、不動産運用会社におけるScope3のメインターゲットはカテゴリー13であることがわかる。

●図表5:J-REIT全銘柄のScope区分状況(レーティング別)

レーティング区分 GHG排出量開示 Scopeを区分して開示 Scope3まで開示
5Star(N=21) 100.0% 76.2% 71.4%
4Star(N=14) 85.7% 78.6% 71.4%
3Star(N=10) 100.0% 60.0% 30.0%
2Star以下(N=10) 70.0% 10.0% 0.0%
未参加/非開示(N=4) 25.0% 25.0% 0.0%
全体(N=59) 86.4% 59.3% 47.5%
(参考:2022年)全体(N=61) 82.0% 45.9% 32.8%

注)2023年11月末時点
出所)J-REIT各社公表資料等をもとに三井住友トラスト基礎研究所作成

Scope4を意識した取組・開示が企業価値向上をもたらす

これまで、GHG排出量、特にScope3を中心に議論を展開したが、今後、GHG排出量開示義務化はどのような方向で議論が進むのであろうか。

そもそも、カーボンニュートラルの達成には、個々の事業者単位でのGHG排出量を管理するだけではなく、社会全体での排出量削減を捉える必要がある。2023年4月に行われたG7札幌 気候・エネルギー・環境大臣会合では、「事業者自身の排出削減のみならず削減貢献量を認識することの価値を共有」することの重要性が確認されており、ここでいう「削減貢献量」に注目が集まっている。「削減貢献量」とは、自社製品・サービスにより、他社のGHG排出量削減への貢献を数値化したものを言う。例えば、建設会社A社が先進的なZCB(Zero Carbon Building)を開発・建設して、それを不動産運用会社Bがファンド等で取得したとしよう。この場合、A社についてはZCB開発・建設の過程でA社自身のサプライチェーン排出量が増加する。一方で、このZCBを取得した不動産運用会社のファンド等運用段階でのGHG排出量を減らすこととなり、これは社会全体で見た場合、トータルでGHG排出量削減に貢献することになる。つまり、A社単体でのサプライチェーン排出量では評価できないものの、削減貢献量(Avoided Emissions)として社会全体でGHG排出量を捉えることにより、A社の貢献を評価することが出来る。この削減貢献量はScope1・2・3とは別に、Scope4と呼ぶケースがある。現在、Scope4の算定・報告方法は統一されていないが、GHGプロトコルでも算定手法の検討が開始されている。Scope4を定量的に算定・開示する制度が構築されれば、企業は社会全体の排出削減への貢献を事業機会と捉え、脱炭素技術開発に積極的に取り組むことができる。また、投資家への開示を通じて社会貢献をアピールすることが出来る。

日本におけるGHG排出量の約4割は建築関連である。不動産業界ではすでにGHG排出量の計測範囲をWhole Life Carbonとし、建築物運用時に排出されるOperational Carbonだけではなく、建築物の資材調達、解体・廃棄段階で排出されるEmbodied Carbonについても算出し、これを低減する取組が始まっている。

Embodied Carbonに関して、例えば先に示したZCBなどの技術開発は社会全体のGHG排出量削減に貢献する。この社会への貢献削減量であるScope4を捉えて開示することは、投資家へのアピールにつながり、企業価値向上をもたらすと期待される。Scope1・2・3開示義務化の規制遵守に留まらず、積極的にScope4を意識した取組・開示が他社との差別化につながるであろう。


菊地 暁氏プロフィール
(一財)日本不動産研究所を経て、2008年3月に(株)住信基礎研究所(現:(株)三井住友トラスト基礎研究所)に入社。2013年7月より私募投資顧問部に配属、不動産私募ファンドのデューデリジェンス・モニタリング業務に従事。これに並行して、2013~2015年には環境不動産普及促進検討委員会の事務局にて環境不動産関連情報の収集・整理、グリーンリース・ガイド作成までの一連の業務サポートに携わった。 研究・専門分野はESG、TCFD、環境不動産など。不動産鑑定士。
2020年度 国土交通省 不動産分野におけるESG-TCFD実務者ワーキングメンバー。
2021-2022年度 国土交通省 不動産分野の社会的課題に対応するESG 投資促進検討会 委員。
2022年度 公益社団法人 日本不動産鑑定士協会連合会 自然災害リスク等に関する鑑定評価検討に関するワーキングメンバー。
2023年度 公益社団法人 日本不動産鑑定士協会連合会 ESG関連不動産評価検討小委員会専門委員。

 

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