専門家インタビュー

■第46回
岡三証券J-REIT担当アナリスト、並木幹郎氏に聞く

2025年のこれまでのJ-REIT市場の動きと、
今後の見通し

 

 

2025年1月~2月の東証REIT指数の動き

並木幹郎氏フォト

並木幹郎氏

【1月の東証REIT指数は下旬までは軟調であったが、金融政策決定会合後はアク抜け感が漂い、さらにTOBも公表されたため、月末にかけて反発した】


 

■図表1:東証REIT指数と売買代金の推移(2024年1月~2025年2月)
図表1:東証REIT指数と売買代金の推移(2024年1月~2025年2月)

大発会となる1月6日は、割安感からの買戻し等により12月末の1,650pt台から一時1,680ptをつける大幅高で始まった。しかし、6日に植田日銀総裁が、「2025年も経済物価情勢の改善が続いていくのであれば政策金利を引き上げ、金融緩和度合いを調整していく」と語った。また、日銀が1月9日に公表した「地域経済報告」(さくらレポート)において、2025年度も積極的な賃上げが検討されている旨が報告され、同日開催の日銀支店長会議では、「継続的な賃上げが必要との認識が幅広い業種・規模の企業に浸透してきている」とした。さらに、1月14日には氷見野日銀副総裁が経済・物価情勢は「概ね見通しに沿って進んでいる」、「継続的な賃上げを中期経営計画に盛り込む企業の報告が複数あったのが印象に残った」という旨を述べた。このように、日銀サイドが1月の金融政策決定会合時の追加利上げに対して前向きな姿勢を示したことで、市場では追加利上げ観測が広まり、また雇用指標など米国景気の好調さから米国長期金利が上昇したことも相まって国内長期金利が上昇すると、J-REIT市場では利回りスプレッドの縮小懸念等から、東証REIT指数は中旬には1,630pt近辺まで下落した。

日銀は1月23日~24日に開催した金融政策決定会合で0.25%の利上げを決定し、政策金利は0.5%に引き上げられた。植田総裁は、会合後の記者会見において「日本銀行の分析例で中立金利は1%~2.5%の間に分布している」、「0.5%という金利水準はまだ距離がある」という旨の発言をしており、今後もデータや情報を確認しながら金融政策を調整していく模様だ。中立金利の下限が1%であることを明示したため、現在の政策金利0.5%から、あと最低でも0.5%の利上げ、すなわち0.25%ずつ2回の利上げが行われることを示唆した、と市場では認識したとみられる。今後の日銀の金融政策の方向性が判明し、相場の重石となっていた材料が消化されたためアク抜け感が漂う中、東証REIT指数は急反発した。

さらに、1月28日にはシンガポール系の投資ファンドである3Dインベストメント・パートナーズの傘下にあるファンド(以下、3DIP)によるNTT都市開発リート投資法人(NUD、8956)に対する公開買付(TOB)の実施が公表されたことも好材料となった。個別銘柄に対する割安感が意識され、東証REIT指数は商いを伴って上昇し、28日は2024年10月11日以来約3ヵ月半振りに1,700ptを回復した(終値ベース)。

【2月上旬は複合的な要因で東証REIT指数は軟調な展開となった】

東証REIT指数が1月下旬に1,700pt超の高値を付けたこともあり、利益確定売りや国内地方金融機関等による25/3期末を控えた決算対策売りとみられる動きなどに押され、月初のJ-REIT市場は下落して始まった。1月の金融政策決定会合で利上げが実施されたものの、引き続き追加利上げが行われるとの見方が大勢であり、また、6日に日銀の田村審議委員が「2025年度後半には少なくとも1%程度まで短期金利を引き上げておくことが、物価上振れリスクを抑え、物価目標達成の上で必要」との認識を示すと、比較的早期に追加利上げが行われるとの観測が広がった。

これを受けて長期金利に上昇圧力がかかり1.2%台から1.3%台まで上昇すると、東証REIT指数は1,660pt程度まで軟調な展開となった。この他、2月初旬はトランプ政権によるメキシコ、カナダ、中国に対する関税発動が意識され、米国の経済成長の鈍化や物価上昇が警戒されると投資家心理が悪化し、東証REIT指数下落の一因となった。

【2月中旬以降の東証REIT指数は堅調に推移し、1,700ptを回復して取引を終えた】

2月中旬以降の東証REIT指数は堅調に推移した。NUDに対してTOBを仕掛けていた3DIPが、13日には阪急阪神リート投資法人(HHR、8977)に対してもTOBの開始を発表すると、J-REITの運用対象資産としての高評価に加え、賃貸事業は好調な一方、投資口価格が冴えない展開を続けていることによる割安感などから東証REIT指数は上昇した。2件のTOBをきっかけとして、日銀の利上げや長期金利の上昇などからJ-REITへの投資を手控えていた一部の海外投資家も、投資再開のための情報収集を行っているとみられる。海外投資家による資金流入が東証REIT指数を牽引した模様だ。

19日には日銀の高田審議委員が、「物価の上振れリスクや金融の過熱リスクが顕在化しないよう、1月に実施した追加利上げ以降も、ギアシフトを段階的に行っていくという視点も重要だ」と講演で発言すると、市場では追加利上げの時期が早まるとの観測が広がった。これはタカ派的な意見と受け止められた模様だが、高田審議委員は、「あくまで設備投資や賃上げといった企業の前向きな動きが実体経済や金融市場に与える影響を見ながら判断していく」、「(食料品の物価上昇が)家計のマインドや物価予想に影響が及ぶことは認識せざるをえないので注視していきたい」との考えを示しており、日銀は追加利上げと国内経済の均衡を図る方針とみられる。

さらに20日には、植田日銀総裁と石破首相が会談すると、日銀の追加利上げの可能性が改めて意識され、翌21日に長期金利は一時1.455%と2009年11月以来15年3ヵ月振りの高水準となった(当時)。ただし、ある程度の金利上昇は既に織り込まれていた模様であり、東証REIT指数は1,680pt台~1,690pt台で底堅い展開となった。

月末にかけて東証REIT指数は1,700pt前後まで上昇し、底堅さを維持した。米国で2月のミシガン大学消費者態度指数やコンファレンス・ボードの消費者信頼感指数が予想以上に悪化すると、米国の個人消費に対する警戒感が高まり、米国長期金利が低下した。これを受けて国内長期金利も低下すると、J-REIT市場の好材料となり、月末の東証REIT指数は1,700.49ptと1,700ptを回復して取引を終えた。

 

 

足元の状況はJ-REIT投資の好機と考える

【J-REITは堅調な業績を維持しており、東証REIT指数は緩やかながらも回復しよう】

J-REITの発行体各社は、インフレや高い賃貸需要を背景に、既存物件の稼働率を改善させ、賃料水準を引き上げるという内部成長に注力している。その一方で、投資口価格の下落により、NAV倍率は1倍を下回っており(詳細は後述)、公募増資の実施も困難な状況であるため、一度に複数物件を取得する外部成長は限られている。

2025年2月末時点のJ-REIT市場の予想分配金利回りは5.06%、利回りスプレッド(予想分配金利回り-10年国債利回りで計算)は370bpであり、J-REITは高利回りを期待できる金融商品であることに変化はない(図表2参照)。高利回りの背景となる各社の分配金総額は右肩上がりで推移しており、2024年下期の半年間で約3,700億円となった(図表3参照)。

■図表2:J-REITの予想分配金利回りの推移
図表2:J-REITの予想分配金利回りの推移

 

■図表3:J-REITの分配金総額の推移(半年間ベース)
図表3:J-REITの分配金総額の推移(半年間ベース)

国内地方金融機関に代表される利回り重視の投資家はJ-REITを高利回り商品と捉えており、ETF投資を通じて下値を拾っているとみられる。J-REITの高い利回りは、賃貸事業利益をベースとする安定した分配金に裏付けられている。最近は地価や不動産価格の上昇を背景に、物件譲渡益も計上されており、これも分配金増額に寄与している。また、最近のJ-REITの発行体は投資主還元を重視する傾向が強く、多くの銘柄が自己投資口取得に踏み切っている。

J-REITの堅調な業績や資本政策等が投資口価格に適切に反映されれば、高い利回り需要だけではなく、割安感からの買い戻しが入ると考えられ、利益確定売りをこなしながら上下動を繰り返しつつ緩やかに上昇してこよう。このため、東証REIT指数が1,700ptを割り込んで推移し、予想分配金利回りが約5%程度、NAV倍率が1倍を大きく下回っている足元の状況は、J-REIT投資の好機と筆者は考える。

【米国のインフレ懸念や日銀の追加利上げ観測を受けて、国内長期金利が急上昇している】

国内長期金利の上昇は、J-REITの予想分配金利回りと10年国債利回りとのスプレッドの縮小や、借入金利負担の増加による利益の減少に繋がるため、本来、J-REITにとってはマイナス要因である。なお、国内の長期金利は、米国長期金利がインフレ再燃への思惑から高水準となっている影響や根強い日銀の追加利上げ観測等から急上昇している。3月10日には一時1.575%まで上昇し、2008年10月以来、約16年5ヵ月振りの高水準となった。

 

■図表4:10年国債利回りと東証REIT指数の推移(2022年12月~2025年3月)
図表4:10年国債利回りと東証REIT指数の推移(2022年12月~2025年3月)

 

【現在のJ-REIT市場は、長期金利が1.7%~1.8%程度まで上昇することが織り込まれていると推察する】

国内長期金利が急上昇する中、TOBや海外投資家などによる割安感からの買戻しの影響を受けて一時1,700ptを回復した東証REIT指数も、足元は冴えない展開となっている。QUICKの2月調査(債券)によると、市場関係者の間では長期金利は単純平均で1.81%、中央値で1.75%まで上昇すると見込まれている。このため、現在のJ-REIT市場では、長期金利が今後1.7%~1.8%程度まで上昇することが織り込まれていると筆者は推察している。

【今後の東証REIT指数の想定レンジ】

今後の東証REIT指数のレンジは、2025年3月は1,600pt~1,800ptと想定する。この背景には、①J-REITの業績は好調なものの有力な買い材料が少ないとみられること、②国内では追加利上げ観測が燻り、また、トランプ政権の政策に関する不確実性から日米長期金利が高水準にある中、東証REIT指数が下落する可能性があること、③2025年3月中旬までは国内地方金融機関による25/3期末を控えた決算対策売りに伴う需給関係の緩みへの懸念があること、などが挙げられる。

ただし、3月中旬以降、国内地方金融機関による決算対策売りという需給要因がなくなり、その反動で例年、東証REIT指数は上昇傾向となる。3月18日~19日に開催予定の日銀の金融政策決定会合では、政策変更はないとの見方が大勢となっている。その一方で、長期金利は、追加利上げ観測から既に急上昇しており、金融政策に対する警戒感は以前に比して和らぐことになろう。そのため、J-REITの好業績や分配金の安定成長、ポートフォリオクオリティの良さを評価した投資家による買戻しが進むと予想される。

 

■図表5:今後の東証REIT指数と分配金利回り等の予想
図表5:今後の東証REIT指数と分配金利回り等の予想

 

【2025年4月~6月の東証REIT指数のレンジは、1,650pt~1,850ptと見込む】

2025年4月~6月の東証REIT指数のレンジは、1,650pt~1,850ptと見込む。新年度入りに伴い、利回り重視の国内地方金融機関等によるJ-REITに対する利回り需要が旺盛になると考える。また、投資口価格の上昇を通じ、海外投資家をはじめ多くの投資家がJ-REITへの投資に関心を持つようになり、東証REIT指数は一段高となる可能性もある。

森ビルの調査によると、2025年の東京23区における大規模オフィスの新規供給は、19物件・119万㎡と見込まれている。2024年以降5年間の新規供給予想の平均値の82万㎡を大きく上回る大量供給であるものの、オフィス需要の強さを背景に、多くの募集面積でテナントが内定しているようだ。オフィス仲介会社の三鬼商事によれば、2025年2月の東京ビジネスエリア(都心5区)の平均空室率は3.94%と前月比で僅かに上昇したものの、トレンドは低下傾向である。また、平均賃料は20,481円/坪と13ヵ月連続で上昇している。特に新築ビルには、スペックの高さを評価する動きのほか、立地改善や集約統合の需要、従業員に対するエンゲージメント効果もある。東京ビジネスエリアの空室率は低下傾向にあり、オフィスREITの好立地・高スペックの物件では、賃料上昇や増額改定が期待されよう。

【2025年7月~12月の東証REIT指数のレンジは、1,600pt~1,900ptと見込む】

2025年7月~12月の東証REIT指数のレンジは、1,600pt~1,900ptと見込む。米国経済の先行きや金利高等が嫌気され、投資家心理が悪化して東証REIT指数が下振れるリスクもあれば、インフレの恩恵を受けて賃料増額や物件譲渡益の計上等の動きを背景にJ-REITの好業績や資本政策が評価され、上振れるリスクもある。このため、レンジをやや広めに取っている。

QUICKの2月調査(債券)によると、2025年7月~9月及び、2026年1月~6月の間における金融政策決定会合において、日銀はそれぞれ0.25%の利上げがなされるとの見方が大勢となっている。これまでと同様、折に触れて金融政策の行方と長期金利の動向は、J-REIT市場でも意識されよう。このため、神経質な展開になると予想される。

また、トランプ政権の政策運営に対する不確実性から、インフレの再加速が懸念されている。米国のインフレ進行と金利高止まりはドル高・円安圧力が増すこととなり、日本にとっては再び輸入物価の上昇が懸念される。物価高や円安に対処するためにも、日銀は7月に追加利上げに踏み切る可能性が考えられ、東証REIT指数の上値は重くなると考えられる。

その一方で、トランプ政権による通商政策が発動し、各国に対する関税引き上げの反動や報復関税で米国内の物価高が長引く可能性もある。FRBが利下げを行っても個人消費や雇用情勢が落ち込み、GDPも低下することになれば、米国経済はリセッションに陥る可能性も出てくる。為替市場でドル安・円高に修正され、また、最近の長期金利の急上昇を背景に日銀の7月以降の追加利上げも織り込まれているのであれば、利上げ打ち止め感が出てくることも考えられる。仮にこのような状況となれば、国内の長期金利の上昇が抑制されることになり、J-REITにとってはポジティブといえよう。

 

 

NAV倍率1倍割れの状況では、譲渡益の活用や資本コストを意識した経営が求められている

【2月末時点のNAV倍率は0.84倍。仮にNAV倍率が1.0倍の時の東証REIT指数は約2,020ptと試算される】

株式市場ではバリュエーション指標としてPBR(株価純資産倍率)が使われるが、J-REIT市場では、NAV(Net Asset Value)倍率が使われる。J-REITでは各決算期末において、運用対象資産となる不動産の時価(鑑定評価額)と簿価の差額である含み損益を計算でき、NAVは、分配金総額を控除した後の純資産に、含み損益を加えて求めることができる。1口当たりNAV(NAV÷発行済投資口数)に対し、投資口価格が何倍であるか示したものがNAV倍率であり、投資口価格÷1口当たりNAVで計算する。

2025年2月末時点のNAV倍率は0.84倍(図表6)であり、1倍を大きく下回っている。J-REITはNAV倍率の観点からは、割安に放置されている状態が長く続いており、本来であれば割安感から買われても不思議ではないが、バリュエーションの修正は起こっていない。

なお、図表6には、その時々でのNAV倍率が1.0倍であった場合の東証REIT指数をプロットしているが、2月末時点で約2,020ptと試算される(1,700.49pt÷0.84倍で計算)。このため、実際の東証REIT指数は、NAV倍率が1.0倍で試算される、本来あるべき東証REIT指数からは大幅なディスカウント状態となっており、J-REITの運用対象資産の上昇傾向にある鑑定評価額や、多額の含み益を有しているという実態は適切に反映されていない。

 

■図表6:東証REIT指数とNAV倍率、NAV倍率1.0倍での東証REIT指数の推移
図表6:東証REIT指数とNAV倍率、NAV倍率1.0倍での東証REIT指数の推移

 

【NAV倍率が1倍を回復していない中、J-REITの本業である賃貸事業に注力することは当然ながらも、貸借対照表の改善にも取り組むことが求められている】

J-REIT市場のNAV倍率は、2022年12月下旬に1倍を割り込んでから2年超が経過しており、J-REITのバリュエーション指標として有効に機能していないと考えられる。投資家は、J-REITの発行体に対して運用資産の価値向上を要請しているとともに、貸借対照表に計上される資産、負債、資本の最適な配分を求めている、ということなのではないかと筆者は考える。

J-REITの貸借対照表は、借方は主に運用対象資産、貸方は主に有利子負債と自己資本で構成されている。借方の評価は、運用対象資産の効率性を追求し、ポートフォリオクオリティを向上させることであり、これはROA(事業利益÷総資産)の改善を図ることに繋がる。つまり、事業利益(FFO+譲渡損益)を伸ばすか、あるいは総資産のリストラが求められよう。その一方で、貸方の評価は、デット及びエクイティの最適な配分から財務レバレッジ(総資産÷自己資本)を改善し、ROA×財務レバレッジで算出される事業利益ROEの改善を図ることに繋がる。

事業利益ROEは、図表7で示すデュポン分解により、

事業利益ROE=利益率×資産回転率×財務レバレッジ

で計算することができ、事業利益ROEの改善には、①利益率、②資産回転率、③財務レバレッジの3つ要素を引き上げることが必要になってくる。

 

■図表7:ROEとROAの関係とROEのデュポン分解
図表7:ROEとROAの関係とROEのデュポン分解

 

■図表8:各銘柄の事業利益ROEとROA(2025年2月28日時点、直近決算データで計算)
図表8:各銘柄の事業利益ROEとROA(2025年2月28日時点、直近決算データで計算)

 

【利益率の改善:J-REITの本業である賃貸事業を全うすること】

利益率の改善は、第一に既存物件の稼働率及び賃料水準を引き上げ、持続可能なNOI(=賃貸事業収益-賃貸事業費用、Net Operating Income)を確保するというJ-REITの賃貸事業の本業を全うすることである。この他、分配金への寄与が大きい高利回りの物件を取得すること、あるいは開発型SPC等への投資を通じて高い配当金を得ること、などの方策が挙げられる。最近のJ-REIT各社は、内部成長に注力するとともに、資産入替を通じてポートフォリオクオリティを改善させている。

【資産回転率の引き上げ:物件譲渡とポートフォリオクオリティの改善、物件譲渡益の計上】

資産回転率を引き上げるには、営業収益が一定と仮定した場合、総資産を圧縮することが有効である。総資産の圧縮には低収益物件の譲渡が有効であるが、地価や不動産価格が上昇傾向にある現状では、含み益を実現させて譲渡益の計上を通じて営業収益のアップを図ることもできよう。譲渡益の計上に関しては、毎期の物件譲渡、あるいは1つの物件を分割して譲渡することで複数期にわたって譲渡益が計上できるような施策を採る発行体もみられる。投資主は、譲渡益を含む安定した分配金を継続的に確保できるJ-REITへの投資を望んでいるのではないかと筆者は考える。

ただし、資産回転率を上げるためとはいえ、安定した賃貸事業利益を稼ぐ「虎の子」である重要な運用対象資産まで譲渡する必要はないと考える。譲渡の候補となる物件は、
(1) 築年数の経過やエリアでの競争力が劣化してきたもの、
(2) 今後の資本的支出(CAPEX)等により簿価利回り(個別物件のNOI÷簿価)の低下が見込まれるもの、
(3) 運用のコアでない物件で、譲渡により含み益の実現が見込まれるもの、
(4) 既存物件のバリューアップを図り、資産価値を向上させた上で、想定以上の含み益の実現が見込まれるもの、
などになろう。

また、物件の譲渡価格全額を投資主還元として分配金に回し、投資主還元策を充実させるべき、という意見もあるようだが、譲渡物件のNOIが剥落することとなり、これではNOIの持続性に対する懸念が出てくる。このため、譲渡物件の簿価部分は、代替物件の取得資金に回して将来のNOIの確保に努めるべきであり、譲渡益として計上される部分が投資主還元として分配金に回されることが望ましいと思われる。

【財務レバレッジの引き上げ:現時点では自己投資口取得が求められている】

財務レバレッジを引き上げるには、有利子負債により新規物件を取得する、あるいは、自己資本の圧縮が求められる。NAV倍率が1倍超であれば、公募増資を通じて新規物件を取得することを行う発行体も多い。自己資本を増やしつつ財務レバレッジを引き上げるには、借入金も活用して総資産を増加させる必要がある。

前述した通り、現在はNAV倍率が1倍を大きく下回り、公募増資を行うには適していない状況である一方、ROEやROAの向上には、資産及び資本の圧縮が有効であろう。この環境下で財務レバレッジを引き上げるには、自己資本を圧縮する、つまり自己投資口取得が求められており、最近では自己投資口取得を実施する発行体も相次いでいる。

【インプライド・キャップレートを上回る利回りを確保する不動産への投資も求められている】

この他、新規物件への投資に際し、投資主から求められる利回りとしてインプライド・キャップレート(年換算NOI÷買収価格)を基準に考え、この利回りを上回る不動産への投資を明示する発行体もある。インプライド・キャップレートは、J-REITの買収価格として時価総額、ネット有利子負債(有利子負債-現預金)、預り敷金・保証金の合計を用いるため、投資口価格をベースに求められる投資家のJ-REIT不動産に対する要求利回りと考えられている。

投資家は、インプライド・キャップレートを上回るNOI利回りを確保できる物件への投資を要求しており、発行体が新規物件の投資に際し、インプライド・キャップレートを基準とすることも「投資口価格を意識した経営」を行うことを示すことになる。

 

 

■図表9:J-REITのインプライド・キャップレートの推移
図表9:J-REITのインプライド・キャップレートの推移

 

 

アクティビストによるTOBにより、J-REIT市場に注目が集まっている

【シンガポール系の投資ファンドが2つのJ-REITに対して「純投資」としてTOBの実施を公表】

前述した通り、3DIPは現在、NUDとHHRの2銘柄のJ-REITに対してTOBを行っている最中である。いずれも不動産開発を行うデベロッパーがスポンサー企業であり、資産規模はNUDが約3,000億円、HHRが約1,800億円という中堅REITであること、安定した分配金を確保していることが共通していると言えよう。いずれも信用力のあるスポンサー企業が存在し、「ある程度」の資産規模や時価総額を有していることから「経営権の獲得」は困難とみられ、3DIPは「純投資」であることを明示している。なお、3DIPに対するTOBに関し、NUD、HHRともに意見表明は「中立」としており、TOBへの応募は投資家の判断に委ねるとしている。

 

 

■図表10:3DIPによるJ-REITに対するTOBの概要(2025年3月19日時点)
図表10:3DIPによるJ-REITに対するTOBの概要(2025年3月13日時点)

 

【過去の事例では敵対的買収を目的とするTOBもあった】

過去を振り返ると、J-REIT市場ではTOBに似た動きとして、2019年5月10日に米国の投資会社であるスターアジアグループが、さくら総合リート投資法人(当時)に対し、傘下にあるスターアジア不動産投資法人(SAR、3468)との合併提案や、資産運用会社の役員の交代等に関する投資主総会の開催請求を行ったことがある。2019年8月30日に開催されたさくら総合リート投資法人の臨時投資主総会において、当時の資産運用会社であるさくら不動産投資顧問に代わって、SARの資産運用会社であるスターアジア投資顧問が運用する議案が提出され、賛成多数で承認。その後SARは、2020年8月1日付でさくら総合リート投資法人を吸収合併した。

J-REIT市場の初のTOBは、2021年4月~6月にかけて、米国の投資会社であるスターウッド・キャピタル・グループ(SCG)がインベスコ・オフィス・ジェイリート投資法人(IOJ)に対して行った事例が挙げられる。これは、非上場化を目的とした敵対的TOBであった。SCGは、当時のコロナ禍の状況下でも日本の不動産価格が高騰しており、東京を中心とするオフィスビルを割安な価格で取得できると考え、IOJをTOBすることでIOJの私募REIT化を計画していたとみられる。SCGは、IOJの運用対象資産のバリューアップを図り、収益性を高めた上での転売を計画していた模様。

しかし、IOJはこの敵対的TOBを拒絶した。2021年5月20日にIOJのスポンサー企業であるインベスコ・グループが、これに対抗する形でIOJの防衛TOBを公表した。SCGは、IOJに対する買付価格の段階的な引き上げやTOB成立条件の買付予定口数の下限の引き下げ、買い付け期間の延長を行ったものの、買付期間終了の2021年6月15日までに応募数が下限に届かず、この敵対的TOBは不成立となった。その一方で7月28日にインベスコ・グループによる防衛TOBは成立し、IOJは2021年11月9日付で上場廃止となった。

【3DIPはNUDやHHRの安定した分配金やポートフォリオの割安感を評価し、TOBを実施】

このように割安感が漂いつつも投資意欲が限定的となっているJ-REIT市場において、3DIPはNUD及びHHRに対し「安定した分配を継続しており今後も安定した分配が見込める」、「保有する魅力的なポートフォリオに対して市場で割安に評価されている」と考え、TOBに踏み切った。なお、3DIPは、NUDに対して、資産譲渡の際にスポンサー及び「そのグループ会社に対して優先的に購入機会を提供するといった利害関係者取引が多いという課題」があると指摘しており、ガバナンスへの関心が強いという姿勢を示している。

3DIPは、2024年後半に大型REIT~中堅REITの資産運用会社とIR面談を行った模様だ。今後も3DIPが上記の考えを示しつつJ-REITに対するTOBを行う可能性や、あるいは他のアクティビストがJ-REITへのTOBを行ってくる可能性は残っていると思われる。

【J-REITの業績の良さや割安感が投資家に認識されることは好感されよう】

J-REIT市場は流動性が限定的であり、投資口を大量に買い増す場合は価格が急騰し、投資コストが嵩む可能性がある。投資コストを抑制するためにも、3DIPはTOBを選択したと考えられる。現在、3DIPは「純投資」という名目で2件のTOBを仕掛けているが、これを「額面通り」に受け入れるならば、個別銘柄の業績や内容の良さを評価し、投資家の間でJ-REITの割安さが意識される契機となる可能性があり、これは好感されるものと言えよう。実際にJ-REIT投資を手控えてきた海外投資家が、3DIPの動きを見て、J-REIT市場の現状や個別銘柄の業績や資本政策等について情報収集を行っている模様である。その一方で、J-REITの銘柄の多さ、市場の非効率性から、J-REITの吸収合併など再編も必要であると筆者は考える。

【3DIPは当初、「純投資」としながらも、投資目的を変更して重要提案行為を行った事例もある】

ただし、3DIPの過去の投資実績を見ると、実態は異なるかもしれない。3DIPの東北新社に対する投資の中で、2023年3月20日付の大量保有報告書の中で、当初の保有目的は「投資一任契約に基づく純投資」としていた。しかし、これが同年5月1日付の変更届出書では、「純投資及び状況に応じて経営陣への助言、需要提案行為を行うこと」に変更され、「重要提案行為等を行う可能性がある」と追加記載されている。3DIPは実際に、2024年2月19日付で「3Dの考える東北新社の企業価値向上策」を公表し、その後、2024年7月24日に3DIPが非公開化を目的としたTOBを行っており、買収提案を受けていることが東北新社から公表された。

3DIPは、NUD、HHRの両投資法人に対し、公開買付届出書において最大15%までの「純投資」とし、「対象者の本源的価値の顕在化と保有資産価値向上を目指して議決権を行使することを予定」している。HHRは、3DIPによるTOBについて2月25日付で意見留保としながらも、その一方で3DIPに対して東北新社の事例を挙げながら保有目的の変更の有無について質問している。3DIPは、「東北新社の事例は公開買付けとは無関係であるため(中略)、本質問に対する回答の必要はない」とし、さらに「純投資目的で対象者投資口を保有することを予定しており、現時点において、保有目的を変更する予定や見込みはない」と回答している。

3DIPは、投資目的について「現時点において」変更はなくとも、「将来のどこかのタイミングで」変更する可能性は残されていると思われる。また、東北新社の投資目的の変更について回答を明言していない点も気にかかる。このような過去事例から、3DIPがJ-REITのTOBにおいて将来的に投資目的の変更がないとは言えない、と筆者は考える。

【仮にTOBが成立しても現時点では、3DIPの投資先の事業会社が保有する不動産の取得を想定していない模様】

さらにHHRは、「3DIPの投資先の事業会社が所有する不動産をHHRに購入することを求めることを想定しているのか」、「投資先双方の利益相反のおそれについて3DIPが考える対策は何か」という旨の質問等を行っている。これに対して3DIPは、「投資先の事業会社が所有する不動産をHHRが購入することを求める等の働きかけを行うことは想定していない」、「利益相反のおそれは3DIPが想定していない状況を仮定したもので、仮定の質問については回答できない」旨を答えている。

【仮にTOBが成立した場合における3DIPのエグジット戦略とリターンを考察してみる】

NUD、HHRに対するTOBが成立した場合、3DIPが目指すエグジットはどのようなものが考えられるだろうか。一般的にアクティビストは、割安に放置されている会社やガバナンスに問題がある会社に投資を行い、経営陣と対話を図ることで株主還元や事業ポートフォリオの改善、役員交代等を促し、投資先のバリューアップを図った上で株式譲渡を通じてリターンを求める。

仮にNUD、HHRに対するTOBが成立した場合、3DIPが投資する事業会社の保有する不動産の受け皿になり得る(現時点では、3DIPは想定していないと否定しているが)。その事業会社が保有する不動産が非効率資産であれば、資産譲渡による事業ポートフォリオの改善が期待され、株価上昇の可能性がある。その一方で、NUDやHHRにとっては、当然のことながら投資基準に見合うか否かの判断や厳格な査定等の作業が必要になってくるが、新規取得が限定的な状況下において物件の取得機会が得られることになる。当該物件のバリューアップやテナント賃料増額による収益性の改善やポートフォリオクオリティの改善が図ることができれば、投資口価格の上昇や分配金増額が期待される。それぞれ株価または投資口価格の上昇がみられれば、3DIPはエグジットすることになろう。

M&Aの場合はどうであろうか。3DIPは現在、NUD、HHRに対するTOBを通じて投資比率は10%~15%程度になることを想定し、経営権の獲得や役員交代等を目指していない模様である。仮に3DIPが将来的に、NUDやHHRの非上場化を視野に入れてさらにTOBを進めるか、投資口を買い増す場合には、NUDやHHR(及び資産運用会社)にとっては経営上の大きなプレッシャーとなろう。NUDやHHRはその対抗策としてスポンサー企業に防衛TOBを依頼するか、あるいは、他のJ-REITがホワイトナイトとして現れれば、その銘柄との合併が誘発されるだろう。仮に3DIPによるTOBが成立しなくとも、M&Aの進展による投資口価格の上昇が期待でき、3DIPは全保有投資口の譲渡により大きなリターンを享受することができると考えられる。

 

サブセクターの選考順位は、オフィス→住宅等→物流施設→ホテル→商業施設

J-REITのサブセクターでは、ファンダメンタルズとバリュエーション、時価総額の推移を踏まえ、収益性に安定感のあるものが選好されよう。また、テナントによる旺盛な需要やインバウンドの拡大といった経済活動の改善も反映されると考える。2025年3月時点におけるサブセクターの選好順位は「①オフィス→②住宅等→③物流施設→④ホテル→⑤商業施設」としている。

 

 

■図表11:J-REITの運用対象資産の稼働率
図表11:J-REITの運用対象資産の稼働率

 

【サブセクターの短期的な見方】

最近のインフレ傾向を背景に、オフィスや賃貸住宅、都市型商業施設、物流施設などでは賃料の増額改定を実現する物件も多い。また、テナント需要が底堅く、特にオフィスは稼働率が改善傾向にある。オフィスは、東京都心5区において賃料水準が底打ちしており、今後の賃料増額改定が見込まれる。

賃貸住宅は、インフレの恩恵を受けてテナントの入替・更新ともに継続的な賃料増額が目立っている。また、バリューアップ工事を行う住戸もみられる。例年2~3月の繁忙期の最中であり、今後の稼働率上昇と賃料引き上げが期待される。

物流施設は、テナントとの契約の中で、テナント賃料の消費者物価指数(CPI)連動条項の導入も進み、既存物件の賃料増額も目立つ。物流施設REITの稼働率はほぼ満室状態が続いているが、関東圏における一部のエリアでの供給過剰の影響を受けてか、一時期に比して低下している。

ホテルは、相変わらずインバウンドによる需要が旺盛であり業績改善が著しい。各ホテルREITの稼働率とADR(客室平均単価)が上昇し、RevPAR(1室当たり収益)も改善傾向にある。投資口価格のパフォーマンスは、他のサブセクターに比して相対的に良好だが割高感が出てきているといえよう。

商業施設は、物価高の影響が長引いており、消費の動きが鈍くなっていることからネガティブな印象がある。2025年1月の実質賃金は、物価上昇に賃金の伸びが追い付かず、前年同月比-1.8%と3ヵ月振りのマイナスとなった。2025年春闘は3月12日に集中回答日を迎え、連合によると平均賃上げ率は5.46%で、2024年の5.10%を上回った(2025年3月14日時点)。賃金上昇が続いているが、物価上昇もあり、実質賃金が前年同月比でプラスになるか、個人消費に好影響が与えられるかがポイントになろう。都市型商業施設は都市部への人流回帰に加え、インバウンドによる効果もあり、売上高歩合賃料が増加している。郊外型商業施設も、バリューアップ工事や増築などにより、固定賃料が増額されるケースもみられる。ただし、物価高を背景に個人消費が弱く、また、商業施設は固定賃料の契約が多くインフレの恩恵を受けにくいことが弱い材料になる可能性があると考えられる。

 

各J-REITとサブセクターのバリュエーション

【投資環境に不安定要素があるものの、J-REIT市場は全体的に割安と考える】

2025年2月28日現在、J-REIT全57銘柄のうち、55銘柄がNAV倍率1倍を割り込んでいるという異常な状態と言えよう。J-REIT市場全体はNAV倍率や予想分配金利回りからみて割安状態にあるが、個別銘柄の予想分配金利回りとNAV倍率にはばらつきが見られる。2025年2月28日時点の個別銘柄の予想分配金利回りを横軸に、NAV倍率を縦軸に設定し、各銘柄をプロットし、各項目の平均値を十字線で示した場合、右下の高利回り・低NAV倍率の「第4象限」にある銘柄は全J-REITの中でも特に割安な状態に放置されているといえる(図表12参照)。

 

 

■図表12:J-REITの予想分配金利回りとNAV倍率の状況(2025年2月28日時点)
図表12:J-REITの予想分配金利回りとNAV倍率の状況(2025年2月28日時点)

 

 

並木幹郎氏プロフィール
1997年に山一證券へ入社後、経済研究所へ出向し国内株式のマーケットアナリスト業務を経験。その後2社を経て、2000年に日興アセットマネジメントへ入社。マクロ調査部門で国内株式のマーケットアナリスト業務を担当。
2004年にみずほ証券へ入社し、金融市場調査部にて10年にわたりJ-REIT及び不動産市場の調査分析業務に携わる。2015年に大和証券へ入社し、建設業界(中小型銘柄)のアナリスト業務を担当。2016年にJ-REITの資産運用会社である平和不動産アセットマネジメントへ入社し、平和不動産リート投資法人のIR業務に携わる。その後、SBI証券を経て、2021年8月より岡三証券J-REIT担当アナリスト。

 

 

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