■第45回
野村證券エクイティ・リサーチ部エグゼクティブ・ディレクター、 大村恒平氏に聞く
大村恒平氏
24年12月末の東証REIT指数は前年末比8.5%下落の1652.94ポイントで引けた。日銀による政策金利の引上げを意識し長期金利(10年名目金利を指す)が上昇基調となる環境下、一般的に配当利回り(以下、分配金利回りと同義で使用)で株価(以下、投資口価格と同義で使用)評価されるJ-REIT市場は全体として下落基調で推移した。24年末時点のJ-REIT市場全体の加重平均配当利回り5.2%程度と長期金利の差(所謂イールドスプレッドスプレッド)を4.0%の前提で計算した場合、東証REIT指数は長期金利が1.2%程度まで上昇することを織り込んだ水準と考えられる。24年末時点の10年名目金利は1.1%程度であったことに鑑みれば、24年末時点でJ-REIT市場は一定程度の金利上昇リスクを織り込んでいたと考えられる(図表1)。
■図表1:東証REIT指数から見る長期金利理論値
24年末のJ-REITセクターの株価/NAV倍率は0.82倍相当。一般的にNAV(Net Asset Value)は、純資産に含み損益を加えたもので認識し、また含み損益は鑑定評価額と帳簿価額の差で認識する。年間償却率を1.0%、時価LTV37.4%、鑑定評価額算定上のNCF(Net Cash Flow)を横ばい前提とした場合、24年末のJ-REIT株価は、今後J-REITが保有する不動産のキャップレートが55bp(0.55%pt)程度の上昇リスクを織り込んでいると見られる(※鑑定評価額≒NCF÷キャップレートの前提)。日銀が金融政策の正常化を図る中で、株式市場参加者は一定のキャップレート上昇リスクを見ているとも解釈できる(図表2)。
■図表2:株価/NAV倍率から見たJ-REIT全体の市場価格とキャップレートの関係(イメージ図)
アセットタイプ別の東証REIT指数比の相対株価パフォーマンスを見ると、23年末を100とした場合、大型オフィス及びホテルの株価パフォーマンスが良好だった一方で、住宅、その他オフィス、商業、物流の株価パフォーマンスが冴えなかった。特筆すべきは、同じオフィスREIT内で大型オフィスとその他オフィスとで株価パフォーマンスが乖離した点。また、23年は相対株価パフォーマンスが良好だった住宅が、24年は冴えなかった点である(図表3)。
■図表3:アセットタイプ別の東証REIT指数相対株価パフォーマンス(24年初~)
株価パフォーマンスが乖離した大型オフィスREIT及びその他オフィスREITの主因として、時価総額上位銘柄か否か、といった視点で選好に差が出たものと考えられる。24年は金利・為替動向が株式市場に大きな影響をもたらしたが、急速な円高が進行した7月以降、大型オフィスREITの選好が増している。マクロトップダウン型のグローバルファンドを中心に、円高進行でも底堅い業績が見込まれる大型オフィスREITに注目が集まったものと推察される。即ち、底堅いオフィス市況といった不動産ファンダメンタルズに対する期待ではなく、円高進行に伴い外需銘柄からJ-REIT含む内需銘柄へのローテーションの一環と考えられる。因みにこの間、円安進行がインバウンド需要の増加期待に繋がりやすいホテルREITの株価パフォーマンスは大きく調整している。
24年後半に向けて株価パフォーマンスが冴えなかった住宅REITについては、入替時賃料変動率(入居者が入替った際の新旧入居者間の賃料変動率)の上昇ピッチ鈍化が主因と考えられる。従来、他のアセットタイプと比較して、住宅REITのバリュエーション(配当利回りや株価/NAV倍率)は相対的に高く評価されていた中で、賃貸住宅のファンダメンタルズは良好さを堅持している一方、入替時賃料変動率の上昇ピッチ鈍化はネガティブな株価材料に映ってしまったようである。
日銀による政策金利上昇リスクと粘着的な物価上昇を前提とするならば、不動産を見る上でインフレ耐性のあるキャッシュフロー創出の有無は重要なポイントと考える。一般的に、不動産はインフレ耐性のある投資対象と言われる。しかしながら、何に対してインフレ耐性があるかを整理するべきであろう。物価動向に応じて不動産価格は変動すると見られるため不動産価格のインフレ耐性はあるとは言える。一方で、不動産から創出されるキャッシュフローに着目すると、物価上昇に伴うコスト負担が先行することでキャッシュフローが上がらず、寧ろ短期的には下がるケースも散見される。J-REITは保有する個々の不動産から創出されるキャッシュフローが積み上がって配当可能利益の大部分を構成する。そのため、投資判断に当たって、NOIマージン(Net Operating Income、NOI÷売却益を除く営業収益)動向やトレンドに注目するのも一案と考える。先述の通り、不動産の特性上、短期的にはコスト負担が先行するためNOIマージンは一時的に縮小する場合がある。他方、将来的にNOIマージンを拡大させられるような施策を早期から打ち出すことができれば、中長期的には、コスト上昇以上の営業収益(事業会社の売上に相当)上昇が実現することでNOIマージンを拡大させることが可能と考える。NOIマージンの拡大が実現できれば、創出されるキャッシュフローに徐々にインフレ耐性が伴ってくると考えられる。
もう一つ、金融政策が正常化に向かう中で、J-REIT各社の貸借対照表の借入(デット)調達に注目する。当たり前ではあるが、J-REITはエクイティ及びデットで調達した資金を不動産取得のために充当するスキームである。エクイティには返済義務は生じないものの、デットには借入期間中は借入金利の支払義務が生じ、借入満期日には借入金の返済義務が生じる(J-REITの場合、満期到来日には借換えを行うのが一般的である)。24年末時点のJ-REIT各社の平均残存借入年限とインタレスト・カバレッジ・レシオ(実績NOI÷金融費用)をプロットすると図表4のようになり、J-REIT全体では平均残存借入年限は4年程度、インタレスト・カバレッジ・レシオは11倍弱であった。今後、金融政策が正常化に向かう中で仮に以前と同年限の借換えを行うと、以前支払っていた借入金利よりも高い金利を支払わざるを得なくなる可能性が高い。そうなると、J-REIT各社は金融費用を抑えるために借入年限を短期化(又は今まで借入金利を固定化していたものを変動化のままにする等)しようとするインセンティブが働きやすいと言える。しかしながら、仮に借入年限を短期化したとしても、借入金利の上昇は抑えられる一方で、借換え時に発生する融資関連費用(アップフロントフィー等)は別途発生するため金融費用総額を大幅に削減させることは難しいと考える。結果的に、図表4のJ-REIT各社のプロットは徐々に左下に向けて動く可能性が高いと考えられる。
■図表4:加重平均残存借入年限とインタレスト・カバレッジ・レシオのプロット図
このように、J-REITの投資判断においては、配当利回りをはじめとしたリターン指標だけに注目するのではなく、1)創出されるキャッシュフローにインフレ耐性があるか(その可能性を含む)、2)金融政策が正常化に向かう中でデット調達状況に変調はあるか、といった2つの観点を加えて見ることが肝要と言える。
24年のエクイティ調達額は前年比16.8%減少の2,674億円であった(図表5)。一方で、物件取得総額は前年比21.8%増加の1兆3,446億円となった(図表6)。年間を通じてJ-REITの株価が軟調に推移し資本コストが上昇する環境下、エクイティ調達額は前年比で減少したものの、資産入替の一環としての物件取得が前年比で増加したものと見られる。一般的に、エクイティ調達額の前年比減少は、中長期的なJ-REIT市場規模の縮小と解釈される。他方で、資産入替の一環としての物件取得総額の伸びは、J-REIT各社のポートフォリオの質向上の追求を意味してもいる。ポートフォリオの質向上の追求とはやや抽象的な表現であるが、上述したような、中長期的にNOIマージン拡大に貢献する物件への入替と解釈できよう。
■図表5:J-REITのエクイティファイナンス推移
■図表6:J-REITの物件取得動向
24年の物件取得総額の内訳を見ると、ホテルの取得額が他のアセットタイプ比で最も高かった。底堅い国内宿泊需要に加え、円安を背景としたインバウンド需要の急上昇による賃料増額が期待できるホテルに投資資金が集まったと見られる。24年のホテル取得額上位の取引に注目すると、1物件当たりの取得金額が相対的に大きいことに加え、変動賃料を含む賃料形態となっている場合が多かった(図表7)。一般的に、変動賃料はGOP(営業粗利益、Gross Operating Profit)に一定の係数を掛けた数値を参照して決定される。GOPは物価変動を反映しやすいと言われており、変動賃料導入ホテルの取得がインフレ耐性のあるキャッシュフローの獲得といった側面があると考えられる。仮に今後も緩やかな物価上昇が続くのであれば、変動賃料導入ホテルを取得する事例は増えることが想定される。
■図表7:J-REITによるホテル取得事例 上位5件(2024年)
東証公表のJ-REIT投資部門別売買状況によれば、機関投資家の主要3主体である金融機関は24年累計で1,476億円の売り越し、投資信託は同1,255億円の売り越し、海外投資家は同1,167億円の売り越しとなり、主要3主体総じて売り越しとなった(図表8)。
■図表8:J-REITの投資主体別売買動向
<金融機関>
預証運用の一つの手段としてJ-REIT投資を手掛けており、基本的には押し目買いのスタンスでJ-REIT投資に臨んでいると見られる。24年累計で1,476億円の売り越しとなり、金融政策が正常化に向かう中で、預証運用の主要投資先である債券運用の影響をJ-REIT運用が受けた可能性があると見る。一方、金融機関の多くが手掛けていると見られるREIT-ETFは24年累計で2,414億円の買い越し(当社試算)となっており、J-REIT個別銘柄から東証REIT指数に連動するREIT-ETF等へJ-REIT投資方法を変えながら、株価水準の割安性に着目して投資を進めているものと推察される。
<投資信託>
24年累計で1,255億円の売り越しとなった。J-REIT市場の軟調さを背景とした基準価格の下落及び投資信託自体の減配影響等により、毎月分配型J-REIT投信(以下、毎月分配型)等からの資金流出が響いたものと見られる。一方、足元では「非」毎月分配型J-REIT投信(以下、「非」毎月分配型)への資金流入も確認されはじめている。19年末時点で毎月分配型の純資産残高は約2兆2,000億円だったものの、24年末時点では約1兆1,000億円まで急減している。他方で、24年末時点の「非」毎月分配型の純資産残高は約9,500億円(※19年末時点で約7,400億円)と毎月分配型の純資産残高に迫る状況となりつつある。仮に「非」毎月分配型の純資産残高が毎月分配型を超えることになれば、投資信託における需給上の懸念は後退する可能性があると考えられる。
<海外投資家>
24年累計で1,167億円の売り越しであった一方で、月次によって売り越しと買い越しの振れ幅が比較的大きな主体である。基本的には、金融政策の正常化が意識され長期金利が上昇するような場面では売り越しに、他方で長期金利の上昇リスクが後退すると買い越しに転じる傾向がある。但し、上述したように急激な円高は海外投資家のJ-REIT代表銘柄への選好を後押しすることも考えられるため、外部環境の変化によって都度選好状況は変化することには留意は必要と言える。
海外投資家は、自国含む日本以外の国で、1)不動産ファンダメンタルズの悪化に伴うキャッシュフローの低下、2)ベース金利上昇に伴うキャップレートの上昇により海外REIT等の株価が大きく調整してきた姿を目の当たりにしてきたため、J-REIT投資にも同様の視点でリスクの有無を把握する傾向にあると言える。足元、1)日本の不動産ファンダメンタルズについて懸念を抱く海外投資家は限定的と考えられることから、特に2)ベース金利(長期金利)上昇に伴うキャップレートの上昇リスクを注視していると見られる。
J-REITが保有する不動産のファンダメンタルズは総じて良好な一方、J-REIT市場の代表的な指数である東証REIT指数の見通しを考える上では、日銀による政策金利引上げの影響を考慮する必要がある。当社では、J-REIT各社の配当創出力は維持できると見ている一方で、一定の政策金利引上げ影響を考慮し、26年3月末(25年度末)に向けて東証REIT指数は概ね1,600~1,800ポイントのレンジで推移すると予想している。レンジの策定に当たっては25年度中に政策金利が1.0%まで上昇する前提としているが、仮に長期金利が1.2%程度で収まるなら東証REIT指数は1,800ポイント程度(株価/NAV倍率0.9倍相当)まで上昇し、同1.8%程度まで上昇するなら同指数は1,600ポイント程度(同0.8倍相当)まで調整すると見ている。
大村恒平氏プロフィール
野村證券エクイティ・リサーチ部エグゼクティブ・ディレクター J-REITリサーチ担当。大和証券SMBC(現・大和証券)において機関投資家営業などに従事した後、2015年より同社調査部門においてJ-REITリサーチを担当。2021年に野村證券に入社し現職。不動産証券化協会認定マスター。
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