専門家インタビュー

■第40回
みずほ証券アナリスト 大畠陽介氏に聞く

コロナ後を見据えたREIT投資の今後の見通し

 

新型コロナによる急落から回復が進む

岩佐浩人氏フォト

みずほ証券 大畠陽介

2020年は新型コロナで2月から3月にかけてREITは急落した後、4月以降は緩やかな回復局面に入った。ただし、国内の感染状況が落ち着きを見せない中で、REITの回復ペースは緩慢で、20年中は本格的な回復は見せず、20年のREITの総合リターンは株式を大幅に劣後した。20年のREITとTOPIXの総合リターンを比較すると、TOPIXが+7.4%で着地したのに対し、東証REIT指数は-13.4%にとどまった。


 

■図表1:東証REIT指数とTOPIXの総合リターン(05年以降)
図表-1:東証REIT指数とTOPIXの総合リターン(05年以降)

新型コロナワクチンの開発と普及の道筋が見え始めた昨年末から、経済再開期待が相場を牽引する流れが本格化するにつれて、出遅れていたREITにも活発な投資が行われるようになった。21年上半期では東証REIT指数の総合リターンはTOPIXを13.9%ポイントアウトパフォームし、昨年アンダーパフォームした分の半分以上を取り戻したところまで回復が進んでいる。

 

過去平均NAV倍率まで回復

REITの過去のNAV倍率をみると、昨年末以降のREITの上昇で過去平均並みの水準を既に取り戻していることが分かる。長期的な観点では、REITへの投資はNAVを下回っている割安な水準で行うことが、リスクとリターンの関係からは最も成功する可能性が高いことは、昨年の寄稿で述べた通りである。その観点では、1年前はコロナ禍で割安な投資機会が生まれ、“目をつぶってREITを買うべき”状態であったが、現在はそういった状況は終わりつつある段階であると言える。現在REIT投資を検討するのに際して重要な点は、不動産市場のファンダメンタルズが今後改善に向かうのかどうか、不動産価格が上昇するのかどうか、という点を慎重に検討する必要があると言える。

■図表2:REITのNAV倍率の推移
図表2:REITのNAV倍率の推移

 

REIT回復の背景は高値を維持する不動産価格

後述の通り、足元でコロナ前と比べても好調な賃貸市況を維持しているのは物流施設だけで、その他のサブセクターは程度の差はあれ全て弱含む方向にあると言える。そんな賃貸市況の中で昨年末以降のREITが回復を続けたのは、高値を維持する不動産価格に支えられた結果と考えられる。各サブセクターの代表的なREITが保有する物件のコロナ前後の鑑定評価額を比較すると、全体としてはほぼ横ばいの水準を保っている。賃貸市況が比較的堅調な物流施設と住宅は鑑定評価額が上昇する一方で、稼働状況の低迷が続くホテルは下落している。市況の弱含みが見られるものの、コロナ後の回復も期待されるオフィスや商業施設はほぼ横ばいを保っている。このように全体として不動産価格が崩れていないのは、資本市場が安定していることが最大の背景と考えられる。強力な金融緩和が続けられることで潤沢な資本が市場にあるため、コロナ禍でも資金繰りに大きな問題がないことが、不動産価格の安定につながっている。また、株式も含めて資産価格は、新型コロナを経ても全体的に大きな回復を見せている。

 

■図表3:資産タイプ別のコロナ前後での鑑定評価額の変化
図表3:資産タイプ別のコロナ前後での鑑定評価額の変化

 

新型コロナがREITの業績に与えた影響の小ささも買い安心感に

新型コロナ感染拡大初期はREITの業績に与える影響が懸念された。特にホテルや商業施設ではマイナス影響が大きくなるとの見方が多かったが、間接的な影響も含めるとREIT全体にわたって広範な影響があるとの懸念が強かった。しかしながら、昨年後半から新型コロナによる直接的な業績への影響は限定的であることが各REITの決算内容から徐々に認識されるにしたがって、株価の上昇にも弾みがついた。ホテルについてはほぼ無配となるREITも出るなど大きな影響がみられるものの、ポストコロナへの回復期待が上回る形で株価も回復に向かった。

 

売却益や内部留保も配当の下支えに

影響は軽微ではあるものの、コロナ影響で多くのREITでは業績への下押し圧力が見られた。これによる配当減少を緩和するため、REITは物件の入替などによって生じた売却益を活用することで、安定配当を維持する動きが広がった。また、これまでに蓄積した内部留保を吐き出して収益減少分を埋め合わせることによって、配当を維持しようとする動きもみられた。REITは不動産の保有に特化した事業体で、主に賃貸事業を行うことで収益をあげ、その大半を配当として投資家に分配するというのが伝統的なREITの活動である。ただし、近年は物件の入替をアクティブに行うことによって、保有するポートフォリオの質の改善を図るとともに、物件の売却で生じた売却益で配当を補ったり、売却益を内部留保することで将来のダウンサイドリスクに備えるというように、アクティブな運営を行うREITも増加する傾向にある。

 

資金調達活動は活発化へ

新型コロナによる株価急落によってREITの公募増資と物件取得の動きはスローダウンする形となった。REITによる外部成長は投資主価値の増加につなげる目的で行うものであり、株価の低迷で有利な条件での公募増資が難しい場合は、当然ながら資金調達活動も鈍化することとなる。公募増資の減少がREITの株式需給もタイト化につながったことも、REIT市場の回復につながった一因であると考えられる。他方、足元の株価水準であれば公募増資を行うことが可能な水準にあるREITも増えており、公募増資を伴うREITの外部成長は今後増加に向かうだろう。

 

■REITのエクイティ調達金額の推移(億円)
図表4:REITのエクイティ調達金額の推移(億円)

 

REITの本質的な強みで株価は回復

新型コロナによる株価急落とこれまでの回復の過程をみると、これまでに経験したことのない感染症の広がりとそれに伴う市場の一時的な混乱がREITの急落につながったものの、REIT本来の強みが評価される形で株価もキャッチアップしてきたと評価できる。近年REITは株式を上回るパフォーマンスを続けてきたが、その背景としてREITの株主重視の経営や透明性への肯定的な評価があったと考えられる。新型コロナによる収益環境の変調に対して、REITのテナントと一体となった賃料収入維持への努力や物件売却によるプロアクティブな投資主重視の姿勢がみられた。これらはREITの優れた情報開示を通じて、投資家は各物件からの収益がどうなっているのか詳細に確認することができた。他方、資本市場の混乱に対しては、一時的に外部成長を自重することや実力以下の株価での自社株買いなどによって、混乱した環境の中でも投資主価値重視向上に向けたアクションにつながった。これらの点はREITの本質的な強みと言え、それが評価される形でREITの株価は正常化に向かってきたと考えられる。

 

 

各資産タイプの株価パフォーマンス

昨年初からのREITの各資産タイプの株価パフォーマンスを比べると、REIT市場で投資家の物色動向がどう変化したかが明確になる。新型コロナ感染拡大が始まった20年1月から7月までは、新型コロナによる直接的なマイナス影響が大きいと見られた商業施設やホテルREITが大きく売られた反面、巣ごもり需要や安定性が追い風となった物流施設や住宅REITが買われる形となり、20年7月にはパフォーマンス格差は最大となった。反対に20年8月から21年2月までは、それまで買われた物流施設や住宅REITは割高感から売られる一方、割安感と業績回復期待から商業施設やホテルREITは買い戻される展開となった。コロナ禍で市場が調整局面に転じたオフィスも昨年10月までは売られる傾向が続いたが、昨年11月以降は反転上昇した。“経済再開相場”が今年2月まで続いた後、3月以降はREIT全体の上昇は続いたものの、資産タイプによる大きな株価パフォーマンスの格差は見られない。従って、ポストコロナの株価への織り込みは、期待によって既に一定程度進んでいるとみられる。今後の市場動向を考える上で重要なのは、今後展開される現実が期待とどう違ってくるのか、という点であると考えられる。

 

■図表5:REITの各資産タイプの相対パフォーマンス(2019/12/30=100)
図表5:REITの各資産タイプの相対パフォーマンス(2019/12/30=100)

 

オフィス賃貸市況はテレワークで長期的に不透明感

各資産タイプのファンダメンタルズでも最も重要なのは、オフィス市場である。なぜなら、オフィスはREITの保有資産全体の約4割を占める最大の資産タイプであり、REIT市場全体への影響が最も大きいからである。コロナ前までは好調が長らく続いていた東京都心のオフィス賃貸市場だが、新型コロナ感染拡大が始まった昨年2月の1.49%をボトムに空室率は上昇に転じ、21年5月には5.9%まで上昇した。東京都心のオフィス空室率は5%が好不調の境目と従来言われており、その意味では東京都心のオフィス市場は既に本格的な調整局面にあると言える。

早いペースでの空室率上昇の主な背景は、新型コロナによる業績悪化に起因するコスト削減と、在宅勤務の浸透による需要減である。一つ目の業績影響については、既に昨年の春先から中小企業を中心として動きが広がり、オフィスREITの空室率も上昇基調が続いた。これまでは中小企業が業績悪化を理由にオフィスを削減する動きがメインであったため、オフィスREITの間でも、特に中小企業を主なテナント層とする中規模オフィスに投資するREITでより大きな稼働率の低下が見られた。

もう一つの在宅勤務の浸透については、主に大企業の間でオフィス削減の動きにつながるだろう。すでにいくつかの大企業では在宅勤務の制度化に伴いオフィスを削減した事例があるものの、今後新型コロナが収束に向かう中で更にどの程度の大企業によるオフィスの削減が行われるか、まだ判然としない面がある。大企業が入居する高品質の大規模ビルでは、通常の2年の普通借家契約ではなく、中途解約ができない5年程度の定期借家契約となっているケースが大半である。その場合、企業が床を中途解約するには違約金が必要となる。コロナ収束が見通せない中で、そこまでして床削減の意思決定をしている企業は少ないとみられるため、大企業による在宅勤務を活用することでのオフィス削減の動きは今後時間をかけて徐々に顕在化するとみられる。重要な点は、在宅勤務は新型コロナによって一時的に行われていることではなく、今後は人々の働き方の一つの方法として定着していく可能性が高い点である。

 

■図表6:東京都心5区の空室率と賃料の推移
図表6:東京都心5区の空室率と賃料の推移

 

物流施設はEC化を背景に好調を維持

物流施設市場は依然として非常に健全なファンダメンタルズを維持している。足元では、東京圏ではほぼ空室がない状態、大阪圏でも空室率は3%前後にとどまっており、タイトな需給が続いている。またそれに伴って、募集賃料にも少しずつ上昇圧力がかかる状況が続いている。

新型コロナによって生じた巣ごもり需要はEC化を加速させ、EC化の拠点となる最新鋭の物流施設への需要の伸びは続く見通しである。旺盛な需要を背景に、多くのデベロッパーが開発に参入したことで、物流施設の新規供給ペースは今後も当面は高水準で推移すると考えられる。しかしながら、旺盛な需要に支えられてタイトな需給は今後も継続するだろう。

 

■図表7:東京圏と関西圏の物流施設の需給バランス
図表7:東京圏と関西圏の物流施設の需給バランス

 

図表7:東京圏と関西圏の物流施設の需給バランス

 

賃貸住宅需要はまだら模様

賃貸住宅市場は、昨年春先には新型コロナの影響を受けて稼働率の低下傾向が始まり、影響は昨年後半まで続いた。その後、住宅REITなどオーナー側は稼働率の回復を優先させるため、フリーレントの付与、礼金の削減、賃料の引き下げなどの賃貸条件面の緩和を行い、稼働率は一定の回復を見せた。ただし全体としては、コロナ前の水準への回復までには至っていない。条件面での緩和を行っていることで、住宅REITの賃料上昇の勢いは鈍化している。コロナ前までは若年労働者層やDINKSなどによる都心居住意向が強く、賃料の上昇傾向が顕著であったが、新型コロナをきっかけにそういった傾向は一服している。

住宅REITの稼働状況から明らかな傾向は、都心部の比較的小型のワンルームなど単身向けの住宅のパフォーマンスが相対的に悪い点である。対照的に、郊外エリアでは稼働状況は安定している。これらから、新型コロナによる賃貸住宅市場へのマイナス影響には、都心部からより外側へ人が移動したことが大きく作用しているのではないかと考えられる。住宅REITの保有資産の約8割は東京23区に集中するため、住宅REITへは全体としてマイナスの影響があったと言える。

今後長期的には、テレワークの浸透が進めば、賃貸住宅の需要にもオフィス需要と共に遠心力が働くことになるため、賃貸住宅の需要動向はある程度オフィス需要に連動すると考えられる。従って、賃貸住宅への需要動向を考える場合にも、今後の人々の働き方の変化を観察することが必要になると考えられる。

 

■図表8:主な住宅REITの稼働率の推移
図表8:主な住宅REITの稼働率の推移

 

■図表9:最近の決算期の住宅REIT各社のテナント入替での賃料単価上昇率
図表9:最近の決算期の住宅REIT各社のテナント入替での賃料単価上昇率

 

商業施設の相対地位は上昇

商業施設REITはコロナ禍で収益への打撃が懸念され株価も急落したものの、既にコロナ前の水準まで株価は回復している。新型コロナによる収益へのマイナス影響が限定的であることが昨年夏以降に認識されるようになり、過度な収益懸念は後退に向かった。また、影響が少なかった郊外エリアに投資する商業施設REITでは、コロナ禍においても物件取得などで分配金を増加させる例も見られた。

他方、長期的な観点からは、商業施設のファンダメンタルズはあまり変化していない。コロナ前からEC化の進展で商業施設には厳しい環境が続いていたが、それ自体に変わりはない。収益性の成長というところまで期待するのは依然として難しい状況であるので、コロナ前と同様に、商業施設REITに期待されるのは安定性であると考えられる。ただし、新型コロナを機にREITの最大のサブセクターであるオフィスでは長期的なダウンサイドリスクが増した環境下、REIT市場の中で安定性の価値はコロナ前より高まっており、その意味では商業施設REITの相対地位もコロナ前と比べると相応に上昇するのが自然と考えられる。

 

ホテルの本格回復は23年以降

今年1月から6月にかけては大半の時期で緊急事態宣言、あるいはコロナ蔓延防止重点措置が東京を含む主要都市で出されていたことで、ホテル市場は低迷が続いた。今年はオリンピックが開催される見込みであるものの規模は大幅な縮小を余儀なくされており、ホテル市場へのプラス影響も限定的となるだろう。足元では新型コロナワクチンの接種が早いスピードで進んでおり、それに伴って今後人流の回復が進むようであれば、今年の秋ごろからホテル市場は本格回復への道筋が見えて来る可能性があろう。ただし、本格回復にはインバウンド需要の戻りが必要条件であり、インバウンド需要がコロナ前の水準まで戻るのは2023年あるいは24年になるとの見通しから、ホテル市場全体の回復にも同様の時間軸でみておく必要があるだろう。

 

 

大畠陽介(おおはたようすけ)氏プロフィール
慶応義塾大学商学部卒業後、森ビルに入社し、東京都心のオフィスや高級賃貸住宅市場の調査、六本木ヒルズ再開発などの業務に携わる。その後、ウィスコンシン大学マディソン校経営大学院(不動産専攻)、UBS証券を経て、みずほ証券に入社。2005年以降は一貫してREIT市場の調査に従事し、実物不動産市場、資本市場、海外REIT市場などへの幅広い知見を生かし、独自の視点でREIT市場の分析を行う。

 

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