専門家インタビュー

■第36回
ニッセイ基礎研究所、岩佐浩人氏に聞く

Jリート市場の事業環境と収益見通し
~引き続き増配維持も伸び率は鈍化へ

岩佐浩人氏フォト

ニッセイ基礎研究所上席研究員
岩佐浩人

Jリート市場は堅調に推移。分配金の着実な成長を評価

2018年から再び上昇トレンドに入ったJリート市場は、2018年に7%、2019年に21%上昇し2年連続で国内株式の騰落率を上回った。今年に入り、新型肺炎に対する懸念が広がるなかでも、東証REIT指数は2200ポイント台を回復し前年比プラス圏で推移している(図表1)。


 

■図表1:東証REIT指数(配当除き)の推移
図表1:東証REIT指数(配当除き)の推移

こうした価格上昇の要因の1つに、Jリートが投資家に還元する1口当たり分配金(以下、DPS)の着実な成長が挙げられる。市場全体のDPSの推移をみると、2011年をボトムに反転し足もとでは前年比4~5%のペースで増加し過去最高水準を更新している(図表2)。DPSの安定性と成長性が評価されて、Jリート市場は株式や債券の代替投資先としても注目が高まっており国内外から投資資金が流入している。

■図表2:東証J-REIT指数の予想DPS
図表2:東証J-REIT指数の予想DPS

それでは、現在のマーケット上昇を支えるDPS成長はいつまで期待できるのであろうか。以下では、各種シナリオ(オフィス賃料見通し、物件取得要件、金利見通しなど)をもとに、今後5年間のDPS成長率を試算したい。

 

Jリートの保有不動産は19.1兆円。オフィスが最大、物流の比率が上昇

Jリートは、エクイティ資金及び借入金を調達して賃貸不動産に投資し、そこから得られる賃貸事業収益(Net Operating Income、以下NOI)を原資に、利益のほぼ全額を投資家に分配する金融商品である。2019年12月末時点の運用不動産は4,125棟、金額(取得額ベース)にして19.1兆円となっている。アセットタイプ別では、オフィスビル(41%)の比率が最も大きく、次いで商業施設(18%)・物流施設(16%)・賃貸住宅(15%)・ホテル(8%)の順に多い(図表3)。最近ではEコマース市場の拡大などを背景に需要の高まる物流施設の取得が増加し、物流施設の比率が住宅を抜いて第3位となった。

■図表3:Jリート保有不動産(19年12月末)
図表3:Jリート保有不動産(19年12月末)

 

Jリート3つの運用戦略。内部成長、外部成長、財務がDPS成長の源泉

ところで、Jリートの不動産マネジメントを担うのが資産運用会社である。資産運用会社は、(1)保有不動産のNOI増加「内部成長」、(2)新規の不動産取得「外部成長」、(3)借入利率の低下「財務」の3つのルートを通じてDPS成長を図り、投資主価値向上に努めている。

 

1|保有ビルのNOI成長率は直近4年間で+9.7%。引き続きプラス成長を見込む

まず、Jリートが保有するオフィスビルの内部成長を確認する。三鬼商事によると、都心5区の平均募集賃料(2019年12月)は2013年12月を底に72カ月連続で上昇し、この間の上昇率は37%となった(図表4)。リーマンショック前に付けたピークに対して97%の水準まで回復している。オフィス市況の改善は地方都市にも波及し空室率の低下と賃料上昇が続いている。こうした市況改善を背景に、Jリート保有ビルのNOIは2015年下期から拡大に転じ、直近4年間で9.7%増加した。また、各社の開示データなどをもとに保有ビルの賃料ギャップ(契約賃料と市場賃料のかい離率)を集計すると、契約賃料の引き上げが市場賃料の上昇に追いついておらず、賃料ギャップは全体で▲7%(契約賃料<市場賃料)と推計される。したがって、今後もテナントとの賃料改定などに伴う賃料ギャップの解消を通じてNOIの拡大が期待できそうだ。

■図表4:保有ビルの内部成長と東京都心5区のオフィス賃料
図表4:保有ビルの内部成長と東京都心5区のオフィス賃料

また、ニッセイ基礎研究所の国内6都市のオフィス賃料予測(標準、楽観、悲観)によると、今後5年間の賃料変動率は、標準シナリオで東京が▲11%、大阪が+9%、名古屋が+2%、札幌が▲9%、仙台が+15%、福岡が▲1%となっている(図表5)。エリア内におけるオフィスビルの需給バランスや現在までの賃料回復の度合いなどから都市間でバラツキが見られるが、このうち、「東京都心Aクラスビル賃料は2019年をピークに今後下落に転じる」とみている。

この予測をもとに、保有ビルの今後5年間のNOI成長率を計算すると、標準シナリオで+5%、楽観で+9%、悲観で▲1%となる。保有ビルの7割を占める東京のオフィス賃料が下落したとしても、現在の賃料ギャップ(▲7%)による賃料引き上げや地方都市の賃料が底堅く推移するため、NOIの拡大は2022年まで続く見通しである。

■図表5:今後5年間のオフィス賃料予測(2018末〜2023年末)
図表5:今後5年間のオフィス賃料予測(2018末〜2023年末

 

2|住宅賃料はテナント入替時に直近1年で4.5%上昇

次に、賃貸マンション市場の動向を確認する。これまで賃貸マンションは良くも悪くも賃料のアップサイドが期待できない資産として認識されてきた。しかし、最近は都市部への継続的な人口流入を背景に賃料が上昇している。リーシング・マネジメント・コンサルティングによると、東京都心5区に所在する賃貸マンションの募集賃料(月坪)は上昇基調にあり、リーマンショック後に付けたボトムからの上昇率は5区平均で28%に達する。こうした賃料上昇はJリートが保有する賃貸マンションでも確認することができる。住宅系REIT主要5社の開示資料によると、テナント入替時の賃料変動率は各社とも右肩上がりで推移し、直近1年間の上昇率は5社平均で+4.5%となった(図表6)。エリア別では都心部に近いほど、住居タイプ別では住居面積の大きい物件ほど賃料が強含みの傾向がみられる。今後もテナント入替に伴う賃料上昇を通じてNOIの拡大が見込まれる。

■図表6:賃貸マンションのテナント入れ替え時の資料変動率(住宅系REIT主要5社)
図表6:賃貸マンションのテナント入れ替え時の資料変動率(住宅系REIT主要5社)

 

3|昨年の物件取得額は1.4兆円。利回りの低下が続くもDPSにプラス寄与

Jリートによる物件取得(外部成長)は、2013年に2.3兆円と過去最高を記録しその後も高い水準(1.3兆円~1.8兆円)を維持している(図表7)。2019年の取得額は1.4兆円(前年比▲20%)と前年を下回ったものの、例年並みの水準を確保できている。一方で、不動産の取得利回りは低下傾向にあり、2016年以降、既存ポート利回りを下回る水準での取得が続く。ただし、現在は資金調達コスト(エクイティ及び借入金)が十分に低いことから、外部成長がDPS成長にプラス寄与している。今後の外部成長について以下のシナリオを想定した場合、DPSは5年間で2%上昇する結果となる。(年1.5兆円取得、利回り4.4%、借入比率50%、増資PBR1.5倍、借入利率0.8%)

■図表7:Jリートによる物件取得額と取得利回り
図表7:Jリートによる物件取得額と取得利回り

 

4|財務によるDPS寄与度。今後は低減し5年間ではゼロとなる見通し

米FRBが昨年3度の利下げを実施するなど世界は再び金融緩和局面に突入している。国内においても10年国債利回りがマイナス圏で推移するなど極めて低い金利環境が続く。こうしたなか、Jリート各社は好条件で資金を調達できている。2019年にJリートが発行した投資法人債の平均利率は0.52%(期間8.8年)で、現在の借入利率0.8%(融資関連費用を含む)を下回っており、引き続き金融コストの削減が期待できる(図表8)。

ニッセイ基礎研究所の中期経済見通しによると、「日銀は現行の金融緩和を長期にわたって続けざるを得ず、10年国債利回りは若干上昇するものの、超低金利が長期間にわたって継続する(メインシナリオ)」としている。この見通しをベースに、借入金利の変動に伴うDPSへの寄与度を計算すると、当面はDPSにプラス寄与するもののその後は緩やかな金利上昇を受けて、5年間累計で寄与度は0%となる。

■図表8:借入利率、10年国債利回り、投資法人債利率の推移
図表8:借入利率、10年国債利回り、投資法人債利率の推移

 
 

今後5年間のDPS成長率はメインシナリオで+6%(▲2%~+14%)の見通し

それでは、上記のシナリオを組み合わせて今後5年間のDPS成長率を試算する(図表9)。まず、メインシナリオの場合、DPS成長率は+6%(年率+1.2%)となり2022年まで増配基調を維持する結果となった。成長の内訳は内部成長で+4%、外部成長で+2%、財務で0%となる。次に、ベストシナリオ(賃料上振れ&金利低下)におけるDPS成長率は+14%(年率+2.8%)、ワーストシナリオ(賃料下振れ&金利上昇)におけるDPS成長率は▲2%(年率▲0.4%)となる。最も悪いケースでもDPSの減少は僅かであり、Jリート本来の安定した業績推移が期待できる。

もっとも、今後の成長ドライバーは保有物件の「内部成長」に依存し、「外部成長」や「財務」の貢献は限定的となる。そのため、市場全体のDPS水準は天井圏に近づきつつあると言え、今後の成長率の鈍化に留意する必要がありそうだ。

■図表9:今後5年間のDPS見通し(2019年上期=100)
図表9:今後5年間のDPS見通し(2019年上期=100)

 

 

岩佐浩人(ニッセイ基礎研究所上席研究員)氏プロフィール
1993年大阪大学経済学部卒、日本生命保険入社。2005年にニッセイ基礎研究所へ。19年4月より現職。Jリート市場を中心に不動産投資市場の分析を担当。不動産証券化協会「不動産証券化マスター資格制度委員」。著書(共書)に「不動産ビジネスはますます面白くなる」、「不動産力を磨く」

 

TOP