■第34回
大和証券株式会社 エクイティ調査部シニアアナリスト、大村恒平氏に聞く
世界的な金利下落傾向が見えつつあるなか、相対的に高い利回りで注目が集まっているJ-REIT(不動産投資信託)。資産規模が拡大するとともに、保有する物件の多様化も進んできている。なかでも、市場構造が大きく変化している住宅REIT(以下、レジREIT)は注目に値するだろう。大和証券エクイティ調査部次長J-REIT担当シニアアナリストの大村恒平氏に、レジREITの現状と今後のポイントを聞いた。
――J-REITの主な保有物件には、オフィス、ホテル、住宅、商業施設、物流施設、ヘルスケアなどがあります。それぞれに特有のリスクがあるようですが、レジREITの特徴を改めて教えてください。
大和証券株式会社
エクイティ調査部次長 シニアアナリスト 大村 恒平氏
大村氏ひとことで表現するなら「安定しているアセット」でしょうか。賃貸住宅物件の契約期間は基本的に2年と短く、エンドテナントの入替も頻繁であることから収益の安定性に不安を感じる投資家もいらっしゃるかもしれませんが、一般的に、賃貸住宅の賃料は他のアセットに比べて「上がりづらいし下がりづらい」と言われています。つまり、安定的ということです。個人投資家にとっては、身近かつ安心感のあるアセットといえるでしょう。
ただし、最近はその特徴に変化が出てきています。上がりづらいとされてきた賃料が上がってきているのです。近年、物件の立地が東京都心に近づくほど賃料の上昇率が高くなっており、いわば「東京の1人勝ち」状態です。地方でもリーマン・ショック以降は賃料が回復しつつありますが、その動きが弱い。結果として、東京都心に近い物件を多く保有するJ-REITの投資口価格が上昇しています。
――J-REITにとっては、物件購入による外部成長ではなく賃料収入拡大などによる内部成長が進んでいるわけですね。具体的に、賃料はどの程度上がっているのでしょうか。
大村氏賃貸住宅の賃料は、新しい入居者が入る入替時と、入居者が契約を更新するときに上げることができます。そのうち「入替」による賃料増が目立っています。たとえば、(東京都心に近い物件を多く保有する)あるレジREITの2019年1月期の入替時賃料増減率の実績値では前期比+5.7%でした。同様の別レジREITの2019年2月期における同増減率は5.8%です。2016年時点では同じレジREITでそれぞれ1.0%と1.3%でしたから、ここ3年程度の伸び率は顕著な状況です。
ここで特筆すべきポイントは2つあります。ひとつは、より都心部の物件で上昇率が高いこと。もうひとつは、床面積が広いラージサイズ物件の上昇率が高いことです。
いくつかのレジREIT保有物件を「東京都心」「準都心」「その他東京圏」「その他中核都市」に分けて賃料上昇率を調べてみると、近年では、東京都心、準都心、その他東京圏、その他中核都市の順で高くなる傾向が確認できます。東京都心とは一般に千代田区・中央区・港区・新宿区・渋谷区の5区のこと。ここの上昇率が突出しています。
あるレジREITの保有物件を「シングル」「コンパクト」「ファミリー」「ラージ」というサイズ別に見た調査では、ラージの賃料上昇率(前期比)が14%超、2位のファミリーが約8%と、シングルやコンパクトの賃料上昇率を相当程度上回っています。ラージやファミリーのグロスの賃料水準はそもそも高いにもかかわらず、です。オフィスの場合は、グロスの賃料が安い物件の上昇率が高くなっており、レジREITにおいて、都心の高額物件の賃料上昇率が高いことと対照的です。
――東京都心部の大型、且つ高額物件の賃料上昇がレジREIT市場をリードしているということですね。その動きはいつまで続くと見ていますか。
大村氏足元の話と長期的視点の2つから整理してみましょう。
まずは足元。わたしは2020年オリンピック・パラリンピックの直前まで続くだろうと見ています。なぜか。アベノミクスの効果もあって、オフィスREITは14年ごろから賃料上昇が顕著となりました。レジREITの賃料上昇は景気変動への遅効性があって上昇の気配が見えてきたのは16年夏ぐらいから。これまでの実績から、レジREITが保有する物件において入居者が入れ替わる平均期間は4年(REITの決算期でいうと8期分)とされており、次の入替ピークは、賃料上昇気配が見え始めた16年夏から4年後、ちょうどオリンピック・パラリンピック直前の2020年夏になります。つまり、今後1年程度は賃料上昇トレンドが続くと理解することができます。
次に長期的な視点です。レジREIT市場を支える原動力になっている東京の賃貸住宅市場を考えてみましょう。東京は人口の転入超過がずっと続いている都市で、2007年からの転入超過者数は年間平均7万人。一方で、賃貸マンションの着工戸数はリーマン・ショック直前をピークに大きく減少しました。着工戸数は平均で年間3万戸ですが、そのほとんどはシングルタイプ及びコンパクトタイプといった1~2人用物件と考えています。
年間の転入超過者が7万人で、対する新たに着工される賃貸マンションは概ね3万人分。需給が非常にタイトなわけです。この傾向は東京だけに当てはまります。しかも、現在は築10年以上経った中古マンションの価格ですら高騰しています。つまり、入居希望者が賃貸物件からマンション購入へ踏み出しにくい状態で、賃貸住宅にとっては追い風といえます。
東京の賃貸マンション着工戸数が頭打ちなのは地価の上昇や開発適地の減少により土地取得が困難だから。それに加えて、賃貸マンションは入居後のアフターケアやメンテナンスなどが必要で、相対的に収益性が低いため、不動産デベロッパーは優れた立地の土地を取得できると、賃貸マンション以外の用途の建物や売り切りで手間のかからない分譲マンションなどを優先的に開発する傾向があります。このところ、都心でオフィスや商業施設などと複合化された大規模マンションが多いのは、複合一体型で開発を行わないと不動産デベロッパーの収益が確保できないためです。こうした背景事情により、希少な資産である東京都心立地の賃貸マンションを既に多数保有しているレジREITがマーケットで評価されやすい状況にあります。
――レジREITの今後を考えるうえでのポイントは何でしょうか。
大村氏長期的視点と重複する部分がありますが、マクロ的な構造を把握しておきたいところです。東京の市場推進力はレジREITに投資する魅力のひとつになり得ますが、オリンピック・パラリンピック以後はその力が鈍化する可能性があります。
都心部のタワーマンションなど高賃料大型マンションの入居者(借主)は、医者や士業、経営者、IT企業や金融機関勤務者など、“景気感応度”の高い人が多いからです。米中貿易戦争や米国の金利引き下げ、株価動向などのマクロ経済の動きによっては、これらの入居者たちの入替回転率が下がったり、より低い家賃の物件に転居する動きがあるかもしれません。
わたしが考えるキーワードは「職住近接」です。人手不足や日本全体で「働き方改革」を進めているなか、職場に近い場所に住む場合に家賃補助を厚くする企業も増加傾向です。最近の日本企業の住宅手当支給額は月額3~4万円がボリュームゾーン。福利厚生の向上によって従業員の年収が増えなくても家賃負担力が大きくなる流れもあります。
夫婦共働き世帯の増加も注目ポイントです。2018年における共働き世帯の割合は66.4%で大都市圏及び関東における勤労者世帯年収は802万円となっています。分譲マンションに手が届きそうですが、マンション価格の平均年収倍率は7.3倍(*)。前述のように都心5区のマンション価格は高騰しています。職住近接を志向する共働き世帯の人たちが、それをどう判断するか。賃貸マンションの需要拡大へ動く可能性もあります。
J-REITは上場している金融商品。遵法性が高く情報開示が進んでいることから、不動産に直接投資するよりも安心できるのではないでしょうか。レジREITの投資対象も、学生寮やシニア向けヘルスケア住宅など多様性が進んできました。オフィスREITでは成長性に、レジREITでは安定性に期待するなどの分散効果も考えられます。レジREITの新しい可能性に注目してほしいですね。
(*)数値はいずれも総務省および不動産経済研究所より大和証券が算出
大村恒平(おおむら・こうへい)氏プロフィール
大和証券株式会社 エクイティ企業調査部次長 シニアアナリスト J-REIT担当
大和証券SMBC(現・大和証券)において機関投資家営業などに従事した後、2013年からは投資銀行部門にてREITの引受業務に従事。不動産証券化協会認定マスター
本記事の内容は、取材日時点(2019年8月1日)の情報に基づくものです。
TOP